2013年01月31日

アオイ・ユウワク

アオイ・ユウワク大好きだった。。。ピアノ。。。

父が弾く時は隣に座らせてくれた。
タバコのニオイが漂ってた。
いくつか曲を習って一生懸命練習した。
しかられるとかじゃなくて、上手に弾くと喜ぶから。
幸せと悲しみのメロディーを学んだ。

それが名曲だと。

アオイ・ユウワク私が高校を卒業する頃まで、両親は楽器店を営んでいました。
記憶する限り、学区内には唯一の小さな楽器店で、新学期になると、学年ごとに課題となったタテ笛やハーモニカなどをまとめて納めていたように覚えています。
まれに隣町の学校に納品がある時は、母に「ドライブしよう!」と誘われ、ドライブのつもりで乗ったクルマから降りると、駐車場と校舎の間を荷物を持って何往復もさせられたものです。
「ウソはイケナイコト!」と言う母がダマすわけはないと、富士川を渡るあの橋が好きで、何度も何度もダマされていました。

アオイ・ユウワク楽器店内のスペースを利用して、ピアノやギターのお教室が個人の先生によって日常的に行われていて、スピーカーから流れる「ゆうせん」などはありませんでしたが、いつでも音楽の聞こえる家でした。
とはいってもプロが奏でる音楽ではないために、曲の途中でつまづいてしまったり、何度も何度も同じところをやり直すわけで、正確に言えばギターとピアノの音が鳴っている家と言った方がいいのかも知れません。


ピアノの先生の中には当然ながら美人の先生もいて、(いやいや、美人の先生ばかりでした)休憩時間には私たちのいる自宅の方に来て甘い香りを漂わせながら、楽しい話しを聞かせてくれました。

アオイ・ユウワク今思えば、正しい「誘惑」だったと思いますが、私が中学2年だったか3年だったか、両親が不在の家で、留守番をしていたある日、ピアノの先生が休憩だと言っていつも通り我が家に来ました。
勝手のわかった先生は、自分でお茶を入れ、今風に言えばダイニングと呼ばれる狭い食事のスペースのテーブルにつきました。
両親が不在なことを察した先生は、トイレから出てくると「背中のファスナーを上げて欲しい・・・」とたったひとりで留守番をしている私にねだりました。
先生が振り向くとワンピースの背中のファスナーが確かに開いていて、その隙間から先生の生まれた姿を隠す下着も少し見えました。
先生は少し首を前に倒すと、肩にかかる長さの髪を両手でまとめ上げ、うなじが少し見えるようにして「おねがい・・・」と背中を向けています。
私はファスナーの小さな引手を持ち、ゆっくり上に向かって右と左に分かれているギザギザを噛み合わせていきます。

アオイ・ユウワク頂点に達すると、そこにはファスナーが勝手に開いたりしないようになのか、小さな留め金がついていて、それも引っ掛けて欲しいと頼まれます。

私の指先は先生の素肌に少しだけ触れました。
留め終わると、先生はそのまま振り向きました。
向かい合った状態の私と先生の間にはキスをする時ほどの距離しかありません。

大学生ほど若くもなかったですし、中学生だった私がオバサンだと思うほど年上にも見えなかった先生は、ゆっくり私の手を取り、「来て・・・」と、ピアノの置いてある部屋に連れていきました。

アオイ・ユウワク促されるままにピアノの前にあるイスに座らされ、「聴いてて・・・」と先生はピアノを弾きはじめました。
譜面もないのに奏でられるメロディーはバラード調だということはわかりましたが、クラシックでもなさそうだし、聞き覚えのある旋律ではありませんでした。

2人がやっと座れるほどのイスで、なぜか密着した数分間が終わると、先生は「素敵な曲でしょ?・・・」と言いました。
ロックンロール一筋だった私にとってキレイな曲であること以外、先生のウデマエがいかほどのモノなのか、この数分間に何の意味があるのかさえわからないでいると、「ピアノは楽しさも悲しさも表現できる楽器なの・・・」と話しはじめました。

アオイ・ユウワク授業では習わなかった「人間の心を伝えられる道具」の話しは、なかなか聞きごたえのある話しでした。
「ピアノだけで涙を流すほど感動できることもあるの」と、私が音楽のマネゴトをしていることを知っていた先生は「上手に演奏することが音楽じゃない」コトを教えてくれたのかも知れません。
冒頭の一文は、映画の中に出てくるセリフですが、私は先生の話しを思い出しました。

アオイ・ユウワク楽器を「道具」だとは言いたくありませんが、人をつなげるチカラがある「伝達ツール」であると、長年思って参りました。
便利になりすぎて「こころ」を伝えることが、おろそかになっているかも知れない時代に、ステキな話しと共に思い出した「青い誘惑」が蘇ると、「ナンであの時、押し倒しちゃわなかったのかっ!」と、経験不足だった自分が悔やまれます。
とはいえ、「誘惑」に関わる一連の話しの中で、私のカラダの形状や体積に変化がなかったことと、書いた以上のセクシーな体験は一切なかったことをお伝えし、本日はオヒラキとさせていただきます。

アオイ・ユウワク私の父はピアノはおろか、楽器が演奏できる人ではありませんし、風呂から聞こえてくる鼻歌混じりに歌う軍歌だか演歌のような歌以外、歌っている姿を見たことすらありません。 

        



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この記事へのコメント
なんだか若き日を再現してるようですね。
まじめな話に戻り、ピアノの旋律はいいものです。
我が家の娘たちも、よくピアノの弾いていましたが
若き頃は、あまり聴いていませんでした。
最近は時間の余裕ができたせいか、孫が弾くピアノの
曲に耳を傾けます。父親なんてそんなものですね。
Posted by なっちゃんなっちゃん at 2013年01月31日 16:53
なっちゃんさん。
いつもお下品な流れになってしまって申し訳ありません。
若き日の淡い思い出は、今の自分では考えられないほど純粋でまっすぐでした。
そんなことを思い出すと、オクスリを飲んだような、少しだけあの頃の自分を取り戻せるような気がします。
ブログを始めてからそういう不思議な経験をしています。
今の私の環境では家の中にピアノの音が響くことはありません。
お孫さんが弾いてくれるピアノ。ステキですね。
ムスメたちの結婚はまだまだ先なんでしょうけれど、孫が弾いてくれるピアノを密かに楽しみにしてみますね。
Posted by Nori at 2013年02月01日 12:02
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