2015年01月22日

不倫ブーム

世は、空前の「不倫ブーム」・・・らしいデス・・・。

火付け役となったのは類に漏れず「テレビ」だとかで、週刊誌なんかで取り上げられるようになると、一気に市民権を得たかのごとく、「不倫ブーム」と、なんともスゴいブームが日本中を賑わしているようです。

「不倫」だの「浮気」だの、とかく男性のスケベ根性が、あたかも原因のように言われた時代には、かくゆう私も「容疑者」となり、思いつく限りの汚く恥ずかしくプライドを傷つけられるようなあらゆる日本語で、サイテー・失望・愚か者・・・と詰め寄られた経験がないワケではありません。

夕飯の支度をしながら先さまが、こちらに背中を向けたまま「昼間オンナの人と食事をしてましたか?」と、普段使いもしない敬語で質問される時は、たいていの場合ナニかを握っているわけで、回答者としては覚悟を決めて事情聴取にのぞむわけですが、「現場を目撃した!」という情報のデドコが先さまの「大切な親友」である事が分かれば、慌てず騒がず落ちついて「超余裕」を決め込んで「その大切な親友とやらは、事情も分からない見ただけの情報をわざわざ耳打ちして、大事なオマエの幸せかも知れない生活をブチ壊す気なのでしょうか?そんなヤツが親友と言えるんでしょうか!?」と、幾度となく難を逃れた経験があったかどうかは別として、ありもしない疑惑に凍り付く無駄な時間を過ごされたお仲間も少なくない事を願います。

しかしながら今回の「不倫ブーム」とやらの主導権を握るのは必ずしも男性とは言い切れないらしく、まるでオイシイお店に行ってきちゃったぁ♥!的なノリで、「現在不倫真っ最中ですぅ!」「3年目ですぅ!」と悪びれる様子もなく堂々とテレビのインタビューに答えている女性たちの様子を見れば、たちまち不安になるご主人さんたちもいらっしゃるのかも知れません。
「ウチの子に限って!」とタカをくくっていた親御さんたちが、思いがけずご子息の世の中に迷惑をかけるような場面に直面しちゃう時代もありましたが、「ウチのニョーボは大丈夫!」なんて思っているのは自分ばかりで、酔った勢いでコソコソと他の女性とニヤついている間に、オクサマが自宅でマフラーを編みながら留守を守っている保証は何らないのかも知れません。

いやいや酔わずに7人の敵と戦いながらマジメに家族のために一生懸命働いている「昼間」の時間帯にこそ、彼女たちの活動は活発になる場合もあるらしく、ストレスだらけの荒波に揉まれながら、オクサマの事まで心配し始めたら「過労死」の原因は、果たして労働環境だけなのかも分からなくなりそうです。

先日、酒席でスポーツ刈りのような短かめの白髪の男性を紹介されました。

71歳とか72歳とかおっしゃっていましたが、お住いもご近所のようで、目のクリッとしたお顔だちは年齢よりもだいぶ若い印象でした。
穏やかな口調でご挨拶をしていただき、とりわけサウナが大好きで、その気になったら地元にこだわらず関東方面のサウナまでイッチャウと言いますから、よっぽど好きなんでしょう。
気乗りのしないオトコ友達の旅費まで払って一緒に行っちゃうあたりは、どんなにサウナが大好きでも、その歳にして淋しん坊さんなのかも知れません。
紹介してくれた私の友人も、誘ってもらったことがあるようですが、あいにくの豪雪で交通網が乱れてしまい実現には至らなかったんだそうです。いずれトビっきりのサウナに御招待されるんでしょう。

温泉よりもサウナの方がが好きなんだそうで、ナニがソコまでイイのかなんてヒトそれぞれの関心事に口を挟む必要もなく、そーなんですか!とわかったフリもしてみます。
「オトコっていうのは、痩せてるヤツより少し肉付きがイイくらいの方がオトコっぽいんだよ」という主張あたりから話しが怪しげになっていきます。
で、「オトコの魅力っていうのはナ・・・」のクダリが決め手となります。
どうやら「オンナを愛せない」体質のようで、既婚者ながらオクサマにも絶対秘密のカミングアウトです。
「日本の伝統的な真竹の根元を使った木管楽器」と同名のテクニックはバツグンらしいと友人は私に耳打ちします。
その友人がなぜソコまで知っているのか、なぜ私に紹介してくれたのかは不明なままですが、シリアッテしまった以上、オシリアイです。

私は「迷った時にはヤル!」を常日頃から身上にしていますが、コレばかりは迷うエッセンスが今のところ見当たりません。

が、しかし今の世はナニがあっても不思議ではありません。

万一私が抱かれたら、やっぱり「浮気」とかになるんでしょうか。
キスだけでもダメなんでしょうか。。。
手をつなぐだけでもアウト・・・ですか?
電話番号やメールアドレスを教えるのはどうですか?         


Posted by Nori at 21:01Comments(2)ゆかいな仲間たち

2014年10月13日

黒い瞳の日本人

ロスに住むイトコが帰ってきました。
彼女は「一時帰国」と表現しますが、海外生活などしたことがない私には、その言葉にボンヤリとした違和感を感じるものの、それに代わる表現も見つからなければ、「一時帰国」なんでしょう。
トモちゃんは私よりひとつ先輩で、結婚後にご主人の転勤でロスでの生活が始まってからは、なかなか会うチャンスもないイトコです。
父方の亡き祖父母の方針で、欠かさず盆暮れ正月には親戚縁者が一同に会し、無理矢理連れて行かれる私達も、お年玉やお小遣いが大量にゲットできるチャンスとなれば、まんざらでもなく、イトコ同志の再会もまた楽しみのひとつでした。

大人達が酒を酌み交わす一方で、今でこそそうは感じない広かった庭で、おじいさんが大事にしていた植木を傷つけて走り回ったり、庭の真ん中に今でもあるドコから持ってきたのか大きな岩だか石だかに登っては飛び下りる遊びもみんなでしました。

近くの神社でのセミ採りも、釣れるかどうかもわからない川に糸を垂れる遊びも、収穫の終わった田んぼでの凧上げも、現在に至るイトコ同志の横のつながりを形成してきたんだと思います。

多くの親戚縁者が市内在住で、日常的な行き来もできる一方で、トモちゃんチだけはポツンと「三島」あたりに居たこともあり、祖父母の声掛けがなければもしかしたらイトコでありながら、今のようなご縁はなかったのかも知れません。
それでも年に数回とはいえ、何かにつけ結束力の強い親戚でしたから、他のイトコと何ら変わらず「大切なイトコ」としてお互いを認識できているんだと思います。

トモちゃんが渡米したのは25年前。
彼女の結婚式には出席させていただきましたが、トモちゃんはオンナで、私はオトコ。

お互いがチョットだけ大人な感じだったあの頃の渡米は、「あそ」って感じでした。

イトコでありながら兄弟でもない関係の中で、決して愛想ある別れでもありませんでしたし、当初は数年で帰国するような話しも聞いていましたから、さほど気に留めることもなく時間は過ぎました。
「ムコウ」に行ってから産まれたムスメさんも、どこか縁遠いと言うか、他のイトコのご子息とは違う感覚は否めませんし、今お会いしてもどんなふうに接すればいいのか戸惑うんでしょう。

それでも、メールという文化が世に誕生してからは、何度かそれとなくやり取りもしていましたし、私の弟の新婚旅行ではトモちゃんたちにお世話になったりすることもあり、祖父母がこだわり続けた「絆」はずっと継続しています。

昨年末に、私のわがままでスマホのケースを購入するお手伝いをしてもらったことが新たなきっかけとなり、それ以来ずっとメールのやり取りを続けることができています。
祖父母の他界情報が遅れたこと、お互いに知らなかった親戚内のアレコレ、愛犬の散歩がサマータイムで1時間早まったことから、私が山奥で遊んでいる話しなど、近況も含めてやり取りを続けている中、「一時帰国」が決定したとのこと。

メールでは伝えきれない行間を埋める話しはテンコ盛りなわけで、2週間足らずの貴重な滞在期間の一日を一緒に過ごすことになりました。

10月11日。
台風19号の足音にビクつきながら、迎えたその日は3連休唯一の行楽日和になりました。
前日から市内の親戚の家に泊まり、私が早朝迎えに行くことでその一日はスタートします。
私が迎えに行くと、トモちゃんはオバさん達と共に既に玄関先で待っていました。
渡米して25年。
その間にたぶん一度だけ会う機会はありましたが、大勢の親戚の中での対面に私の記憶はかすかです。
その時はムスメさんたちも一緒に帰国していたのですが、ウチのムスメ1号2号と縁側で花火をしたという鮮明な記憶はトモちゃんだけのもので、私には一切ないことも判明します。
どーせ私はいつものように呑んだくれていたんでしょう。。。

ですから、コッチを向いて待つトモちゃんの姿が近づくに連れ、大人になったトモちゃんの姿には、やはりまるまる25年分のタイムラグを新鮮に感じます。

「親戚」「イトコ」・・・。
DNA・・・。

25年ぶりの再会なのに、ヨソヨソしさを感じることもなく、面倒臭いオバさんの演説を適当にあしらいつつ、クルマを走らせます。
初デートで女性を助手席に乗せる時のような緊張感もなくスタートしたドライブの行き先は「八ヶ岳」です。
25年前とはすっかり違う市内で長い時間を埋める努力もできたのでしょうが、先日カボチャの収穫で訪れたばかりの「八ヶ岳」なら、ロスでは味わえない「紅葉」に出会えるチャンスもわずかばかりでもあるわけで、とはいえ、退屈かも知れないナニもない町へのドライブが、必ずしも「再会」の場としてふさわしいのかどうかもわからないままの見切り発車です。

2人っきりの車内が沈黙することはなく、沈黙を心配して用意したBGMも音量を下げ、夢のビッグアップルアメリカがそうでもない話しや、舶来かぶれの日本人が未だに存在する話し、圧倒的に文化が違うことでの失敗談など、話しは尽きませんが、メールを通じてやり取りをしてきた話しには補うべき前後の話しがあれば、点と点も線や面になります。
インターネットという文明の利器の偉大さと共に、なにより祖父母が残した偉大なる「和」に気づく一日でした。

外国人観光客でもないのに、朝霧高原では目の前にそびえ立つ「富士山」の写真撮影を促しますが、考えてみれば長いこと「三島」あたりに住んでいたワケで、裏側から見る富士山が珍しいかどうかもわからないまま、余計なお世話か・・・と恥ずかしい思いです。
紅葉していない精進湖を抜け、中央道から見事に見える八ヶ岳に安心したら、いよいよ木漏れ日の中を進みます。
天気もよく、北に八ヶ岳、南に富士山を臨むこともでき、最高の行楽日和です。

たくさんの作家さん達の作品が並ぶウィークエンドギャラリー「夢宇谷」は、私自身も数年ぶりに訪れましたが、独特の空間を楽しんでくれたようで、陶器を手に取りながら興味深くゆっくり流れる時間を過ごしてくれたようです。
知る人ぞ知る蕎麦屋で、私がナンバーワンとする「曄(よう)」は、ひっそりと森の中で営業する借景がステキな上品な味の小さな手打ちソバ屋さんです。
「え?こんなところに?」ってのがオススメポイントだったのに、店先には真新しいのぼり旗が掲げられ、玄関には「食べログで紹介されました」なんて貼り紙がされちゃうと、積極的に見える集客活動は少し残念です。

追随する第2位の蕎麦屋の躍進を見れば、味は圧倒的に絶品なものの、数年前に借景も土地開発に奪われ、ナンバーワン陥落の日も近いのかも知れません。

常宿で食後のコーヒーを飲みながら敷地内で少しの紅葉を散策したアトは、その物足りなさを埋めるために松原湖あたりの「白樺」の群生地を目指します。
山全体の紅葉はもう少し先のようですが、黄色や赤に染まった山道では紅葉チックな雰囲気を楽しめました。

白樺は陽を浴びて銀色に光り、路肩に停めた県外ナンバーもワーキャー言いながらカメラを向け、その幻想的な風景を切り取っていました。
どデカカボチャ収穫の際にお借りしたモノを「花吹雪」のマスターにお返ししたら、気温16℃の清泉寮でソフトクリームを寒さをこらえてかぶりつきます。

ゴーストタウンと化した「清里駅」周辺はトモちゃんにも思い出があるようでしたが、その変貌ぶりには驚きを隠しません。
違う道を歩いてきた2人が、同世代であったために共有できる話題も楽しいものです。

やはり話題の中心は「親戚ネタ」になってしまいますが、ムスメたちの成長を共に喜び、遠くを見ながら親になる難しさや苦労を笑いながら話すのはお互いさまです。
思えば、高校時代に一度だけふたりで静岡の繁華街でデートをしたことがあります。
デートまでのイキサツは良くわかりませんが、トモちゃんもそれは覚えていて、2人が遊んでいたあたりの地下街が翌日大爆発したことは全国ニュースにもなりました。
たくさんの犠牲者を出してしまった御嶽山のまさかの噴火もあれば、「ふたりが会う時はナニかが爆発する」と思ったのは私の思い過ごしでしょうか。

清水に戻ったのはすっかり陽も落ちた7時過ぎでした。
数ある名店の中で、「釜平」を選んでやりましたが(選ばせていただきましたが)、特に珍しいものもないその店の気さくなスタイルも、気に入っていただいたようです。
直接おみやげを渡したいと、ムスメ2号も駆けつけてくれて、酔っぱらった私に代わり、最終新幹線の静岡駅まで送り届けてくれました。
ムスメ2号には、トモちゃんやそのファミリーにどんな思い出があるのかもわかりませんが、こうしてつながっていく「縁」が嬉しい一日となりました。
なんだか国境を越えた「女子会」なる新たな組織も生まれた模様で、今後の展開を見守りたいと思います。

50を過ぎた二人の再会&ぶらり旅は、若々しいハツラツとしたそれとは程遠いながら、穏やかで有意義な秋の旅となりました。
25年ものブランクを超え、ゲラゲラ笑う面白いツボが一致しているのは親戚だからなんでしょう。

気負うこともなく、昨日まで一緒に居た兄弟のように振る舞えるのは、やはり嬉しいです。

かろうじて日本生活の方が長いトモちゃんですが、文化のハザマでボケ倒しているようで、ロスならまだしも、私と居る間も「チップは払わなくていいのか?」「席を離れるときは荷物は持って行け」「クルマのカギはちゃんと閉めたか?」と外人です。

数日後にはロスに向けて旅立つトモちゃんとの今後のメールのやり取りは、少しこちらの様子がわかった分、近しいものになる予感です。

話題がガンマGTPや、クスリの量になる前にまた再会できる日を楽しみにしています。                   


Posted by Nori at 17:43Comments(0)ゆかいな仲間たち

2014年10月07日

台風18号

台風一過。

自分チさえ無事なら、何事もなかったように「最強台風は無事通過し・・・」などと呑気に書いてしまった昨日のブログ

NHKをはじめとした各局の報道を見て、「だいじょうぶか?」「冠水してないか?」と皆さんから心配をしていただき、報道番組を観てみると「全然ダイジョーブ!No問題よ!」と言っていた自分が恥ずかしくなりました。
ある意味、自分らしいと言えばそうなんですが。。。

思い起こせば、上空を飛ぶヘリコプターの音や救急車だか消防車のサイレンの音は耳に入っていましたし、それがいつもよりも多いことにも気づいていました。
アンジーから送られてきた「家の前」の写真も、確かにすごかったワケですが、あのあたりは、アソコまでではないにしろ多めの雨で冠水しやすい地域であることが大前提だったので、「なんか楽しい!」と前向きなメッセージも添えられていれば、「やるな18号」くらいの感覚でした。

静岡市清水区と名指しされた報道は、アンジーの家を含む周辺一体どころか、さらにそれを取り巻く広範囲で、私のオフィスからはクルマでわずか10分圏内です。
台風の影響によるバイパスの渋滞を撮影していたと思っていたそれは、水没した町全体を撮影していたヘリコプターだと気づいたのは、ブログを更新したアトでした。

オトコ気あふれ、親分肌ながら、いつも気にかけて良くしてくれる後輩のケイちゃんから「はるさん、昼メシ食べれる?」と連絡をいただいたのが本日午前10時半。

「早いなっ!」と切り返しつつ、合流すると「ウチ、床上浸水で・・・」と、メシなんか食ってる場合じゃない悲しい事情を打ち明けられます。

オトコ手が必要なことを察すれば、昨日の反省も込め「やっちゃいますか。。。」と協力を決意し、ケイちゃんチへ。

テレビのインタビューに答えていた「じゅうたん屋」や、映し出されていた見覚えのある光景からは、すっかり水も引き、アチコチで水に濡れた商品や畳を虫干しする準備が進められていました。
浸水したであろう家屋の壁面には、「こんなに!?」と思えるほどの高さに茶色い泥水の線が引かれていて、走っている道路は山や田んぼから流れ出た泥で茶色く覆われていました。
レッカーで運ばれるクルマも何台も見ましたし、こうなった以上、聞いたって答えはわかってるのに、テレビ局のクルーが大きなカメラを担いでまだインタビューしている光景も随所で見られました。

「教訓」と言う意味では、繰り返される自然災害を報道する意味はあるはずですが、被災直後の忙しい人達相手にご苦労さまです。
上空にはヘリも飛び回っていました。

ケイちゃんチの玄関にも「泥水の線」はありました。
私の肩ほどの高さだったので、150センチほどはあろうかと推測します。

「靴のまま上がっちゃってください」と通された室内は、水は引いているとは言え、濡れたジュウタンも乾ききらない泥も、その凄まじさを生々しく伝えます。
「調子悪くて・・・」とダマシダマシ使っていた電化製品は、ためらいなく「ゴミ」と化し、そういう意味ではラチ良く作業は進みます。
ゴミ焼却場へは2往復し、スッキリした室内は「新鮮だ」とウソぶいていました。
乾ききらない室内に長居することもなく、「なんかあったら言ってよ。。。」とお見舞い風の言葉をかけると、「明日の午後ってヒマですか?」と。

その意味がわかっている以上、「ヒマ」と答える私でした。

既に発生した19号も似たような勢力で、似たような進路とのこと。
是非、予報がハズレることを「心」から祈る私でもあります。。。  


Posted by Nori at 21:27Comments(0)ゆかいな仲間たち

2014年05月08日

オフクロのアジ

弟が嫁さんのアッコを連れてオフィスを訪ねてくれました。
ロスに住むイトコが、現地のショップに飾りたいと「清水エスパルス」の関連グッズを譲って欲しいと言う要望に端を発し、心当たりのあった弟がユニフォーム1式を準備してくれて、届けてくれました。
中古品ではありますが、ナカナカの美品で、きっとイトコも喜んでくれると思います。

「今夜はナニが食べたい?」
高校生になったひとりムスコを持つアッコは、これまでに数多くの食事やお弁当を創出してきた実績を引っさげ、さすがです。
「回数が多いだけで、レパートリーはさほど多くない」と言う弟に、「カンタンなモノでいいよね」と、またまたさすがですが、「カンタンじゃないものってナンだ?」と聞く私に「時間のかかるもの・・・」と答えたあたりから話しがおかしくなっていきます。

弟は最近マイフライパンを購入してきたことを明かします。
最近では冷凍食品もバカにできず、カンタンに調理できておいしいものはたくさんあります。
弟とムスコくんは、大の餃子好きで、それは冷凍食品であろうが、スーパーの惣菜コーナーで売っているものだろうが、今までマズい餃子に出会ったことはないと言うほど、ストライクゾーンは広いのですが、どうにもアッコが焼いてくれる餃子だけは「ナニか違う」と、長年に渡り疑問に思ってきた「調理方法」を聞いてみたところ、「その順番なら何も間違っていないのに・・・」と、調理方法が正しいことを確認します。
しかしながら、以前「焼きナス」が食卓に上がった際に、「クッサ!」と異常にナスが臭かった経験を持つ弟は、「焼くだけのナスがナゼこんなに臭いんだ」と聞いたところ、調理の効率化を計るために、ナスとシイタケを同じフライパンの上で焼いたことが判明。
シイタケから出たダシをナスが吸い取ると「危険な香り」になることを経験している弟は、実際に餃子を焼かせてみることにしたと言います。
結婚してから20年近くにもなろうという奥さんを試すような行動は本意でないながら、すぐに答えは見つかります。

「コイツ、図形の一致に弱いんだよ。。。」と言い出した弟は、「フツー丸いフライパンには丸いフタだろ?」と続けます。
「丸いフライパンに、四角いフタを乗っけて焼くから、水やお湯を差して蒸し焼きにする段階で、湯気がアッチコッチからシャーシャー出まくっちゃって、音は派手なのに、蒸し焼けない。しかも危険。。。」
弟はさらに続けます。

「目玉焼きも丸いフライパンに四角いフタを乗せて焼いてる。。。」
「目玉焼きなら、そう被害は大きくないだろ?」
「オレは半熟の目玉焼きが好きで、アッコも確かに半熟の状態で火を止めたと言い張るんだけど、火を止めてからもフライパンの中に置きッパなしなので、予熱でしっかり黄身に火が通る事件も発覚し・・・、いっそ文句を言うより自分でやればイインだと、丸いフライパンと丸いフタを買ってきたわけで」

なるほど、前向きな発想に「そりゃイイ考えだ」と納得です。

以前アンジーがレシピ本を買ってきて、レシピ通りに調理を進める中で、『醤油大サジ5』と書かれているのにも関わらず「こんなに入れないよね」と、大サジ3くらいにするならともかく、目分量で「これくらい・・・」と入れちゃうからムスコくんたちはレシピ本通りの味を知らない一件を紹介したことがありますが、アッコに至っては、材料や調味料を入れている最中で飽きてしまうのかフィニッシュしちゃうので、
レシピ本の未完成品が食卓に並ぶケースがあり、「コレナニ?」と聞くと「肉ジャ」くらいまでは頑張ったと、上には上がいるモンです。

イトコの嫁のコトリンは、こっそりダンナの弁当に缶詰から取り出したサバを忍ばせたところ、「今日のはおいしかったよ、また作って」と言われたことに味をしめ、度々やり過ぎて「アイツ、いっつも缶詰入れやがる!缶詰だろ!って最初に言えばよかった。。。」と私に泣きついてきたことがあります。
どの例をとっても、文句を言うのはオトコばかりで、3度3度の食事を作ってくれる根気と熱意に敬意を表することはありません。
私のムスメたちにも言いますが、弁当を作ってもらい、洗濯までしてもらっているウチは、ママに対してエラソぉな態度はとるな!・・・デス。
いつか、懐かしい味を思い出したとき、心打つ日が来ることを私は少しだけ知っています。

誰かのための食事づくりにアタマを悩ましている全女性に捧げます。  


Posted by Nori at 20:22Comments(2)ゆかいな仲間たち

2014年05月06日

ドーピングカボチャ

静岡県と山梨県の県境あたりで特別養護老人ホームを経営する大先輩のイケチャンは、ずいぶん前に県会議員を引退した人でもあります。
どうしてこの人が県会議員になれたのかは未だに理解できませんが、八方破りの性格を支持する人が多かったんだろうと勝手に推測します。
議員時代にも折に触れ面識もあったのですが、若かった私が議員さんにナニかお願いすることもありませんでしたし、どれほどの実力者なのかを知り得る立場でもなく、言ってしまえばお互いに知ってる程度の関係でした。
6年ほど前だったと記憶しますが、地域活動で私たちと活動をしていたやはり先輩でオンナ部長だったカッチャンが、合わせたい人がいると言ってイケチャンを連れてオフィスに現れました。
カッチャンとイケチャンの関係は謎のままですが、仲好しだということはわかりました。
目的は「ハロウィンカボチャ」でした。
私が八ヶ岳で毎年ハロウィンカボチャを作っていることは何度か紹介していますが、カボチャに彫刻していたことが一部で話題になっていたらしく、イケチャンの目に留まり、「どうやるんだ?」と低いアタマと腰で現れたというわけです。
会えば「な~んだ」とお互いに知っているわけで、話しも早く、「あーやって、こーやって・・・」と手ほどきが終わると、乗ってきたクルマから大きなファイルを取り出し、「オレは切り絵を趣味でやってるんだ」とナンとも素敵な特技を見せてくれました。
「切り絵」なんて高尚な趣味をお持ちの人間なんて私の周辺には皆無なので、その緻密な作業行程を教わりながら私にもできるかも・・・と、眠っていた才能に火をつけていただきました。

すぐさま新築住宅建築記念やお誕生日プレゼントなどとしての制作依頼に結びつき、ズブのド素人ながら少々儲けさせていただきました。

現在も絶賛取扱中です。

話しが脱線しましたが、イケチャンの帰り際にカボチャをいくつかプレゼントすると、「切り絵の達人」にとってはクラフトナイフを彫刻刀に持ち代えるだけのこと。

たちまちハロウィンカボチャは、作品に生まれ変わり、ご本人の経営する高齢者施設で展示したところ、お年寄りはもちろん小さな町で話題になり、新聞社の取材まで受ける騒ぎになりました。

掲載された新聞には、始めたきっかけや私の影などミジンもなく、まんまとイケチャンの手柄にされてしまいました。

その後も一代目のタネを子ども・孫と代々育苗し、大きなカボチャにするための試行錯誤を繰り返しながら、町中にハロウィンカボチャの「輪」を広げ、ハロウィンシーズンには「ジャンボカボチャコンテスト」を町を巻き込んで開催しているといいます。
農村なので、ビッグなカボチャを育てる土地には困らず、作物を作るかたわら作った「カボチャコンテスト」はなかなか盛大なんだそうです。

数日前に、カッチャンから久しぶりに電話があり、ヤンチャオヤジのさらなる進化を知らされます。

いよいよ、4~50キロ程度のカボチャづくりに限界を感じ、ジャンボカボチャの全国大会の優勝者を探し出し、直接出向いて育て方の指南を直々に受けてきた上に、「ホンキのタネ」を譲り受けてきたと言うのです。
目指すは400キロ!
オトナ数人でも持ち上げられない超ビッグなカボチャは、特殊な器具で固定してユニック車で釣り上げなければ移動はできないんだそうです。
で、私から譲り受けた「ジャンボカボチャづくりの魂」を「倍返し」どころか「10倍返し」したいとの思いに至り、「ホンキのタネ」から芽を出した「苗」を私にプレゼントしてくれることになりました。
地域の子ども会と育成部が共同開催する「さつまいもの苗植え」も近々あるので、両者に話したところ「是非欲しい」と言うことで、私が代表してカッチャンと共にクルマで30分もかかる山奥のド田舎で、天狗並みに鼻を高くして待ち受けるイケチャンに会いに行ってきました。
「ォオー!来たか!来たか!」と高齢者施設のエントランスで相変わらずエラソーに待ち構えるイケチャンの前には、今回のタネを入手し、苗にするまでのイキサツが書かれた大きなボードが、これ見よがしに写真付きで展示され、ポットに植えられた苗がたくさん並んでいました。

苗の根元をよく見ると、「400円」「500円」と値札が刺さっています。

「売ってるわけ?」
「ちゃんと育てば10万円でも安いくらいのカボチャになるんだ、安いモンだろ!?」
「で、ちゃんと育つわけ?」
「そのはずだ!ハッハッハ!」

このオトコがいつまでも元気な理由がわかります。

「で、この苗は誰が買うの?」
「県内のアチコチから買いに来てるよ!今日だけで70人ほど来たかなぁ。。。」と言って、名前と住所や連絡先が書かれた名簿を見せてくれます。
「ナンで、ココで売ってることをみんな知ってるの?」
「コレだよ、コレ!」
議員時代のコネなのか、地域貢献のタマモノなのか、ちゃっかり静岡新聞に記事掲載されていて、自身のスゴさもしっかりアピールしていました。
「カボチャ研究会」などとインチキ組織まででっち上げ、自分が事務局となり、オオカタ名簿に名前を書いてくださったお客さん達が「会員」になっているかどうかの真偽は私にはわかりませんが、真実を報道するはずの「新聞」が書いているのですから、その通りなのかも知れません。
ココまでやっている大先輩には脱帽するしかありませんが、育て方を細かくまとめたA4サイズの2枚の指導書を配付するなど、かゆいところにも手が届いています。
既に400キロに向け、始動した畑には贅沢にも3本の苗しか植えてありませんでした。
風除けネットに囲まれた畑の中で、さらに風除けのための段ボールで過保護。

イイと言われる肥料でドーピングしまくって、とにかくデカくすることだけに集中し、欲張ることなく少数精鋭で目的を目指すと、覚悟はカッコイイのですが、畑は他人のものというのもイケチャンらしいです。

自慢の施設を「見ていけ、見ていけ」と100人ほどが入所する施設も丁寧に案内していただきました。
ところどころにこだわった「自慢」の数々は、さすがです。
施設の性質上、すべてのドアは開錠してからでないと通れない仕組みですが、開くたびに表れるゆとりの空間には入所さんたちに優しい気配りがたくさんありました。
私にとっても必ずしも避けて通れない道だとしたら、施設側のこうした配慮や、大変な仕事ながらスタッフの皆さんの明るい対応に、「こんな施設に入りたい」と思える施設でした。

約束通り、私が今まで見たこともない太く育った苗を、惜し気もなく数十本もいただき、施設をアトにしました。

もらったはいいんですが、遅霜の心配な野辺山の畑まで運んで植えてくるまでには、もう少し時間が必要です。

しかし、ホントに400キロができちゃったら、どぉやって八ヶ岳から持って帰って来るんだろぉ。。。      


Posted by Nori at 17:11Comments(0)ゆかいな仲間たち

2014年05月03日

新幹線の運転手

先日、道端で見知らぬ女性に声をかけられました。

頬はこけていて足も枝のように細く、即座に全身の警報装置が「あかん! あかん! 」と鳴るような人でした。

「何かしゃべったで」と思ったら、「一緒にクラブに行こう?」と言うではありませんか。
クラブって若者がダンスダンスダンスしている方です。キレイなお姉さんがいる方ではありません。

島田 紳助の本に、『芸人になりたい奴は普通の人間なら絶対断るような場面でも、ついて行かなければならない』というような記述があります。
その教えに従ってとりあえずついていってみました。

クラブなんて行ったことも無かったですけど、もう未知なる世界が開けました。まるでドラマでしたね。
その女性はというと、途中でちっちゃい錠剤を2粒、隠れるように飲んでいたのですが……みなさんあの錠剤って一体何だったんでしょうか。
他にもちょこちょこありましたが、一企業の刊行物で言うことでもないので、自粛します。

とりあえず無事に帰って来て思うことは、人間、死ぬべきときにきちんと死ぬ覚悟があれば、恐れるものなんて別にないんだなということです。

・・・とあるネットショップが定期的に発信しているメールマガジンの一文です。
文脈と取扱品目には何の関係もありませんが、新商品の案内の前にチョコッと書かれるエピソードがナカナカ面白くて、ついつい商品案内も読んでしまいます。

50年も生きてきて、見知らぬ女性にクラブどころか、喫茶店にさえ誘ってもらったことはありませんし、全身の警報装置が鳴っちゃうような相手についていく自信もありません。
震災の時に死ぬ覚悟で、原発をなんとかしてやる!と、先輩達と大マジメに誓ったことがありますが、前述のようなエピソードで死ぬ覚悟はできそうにありません。

このエピソードを読みながら思ったのですが、最近の若者達は「ナンパ」なんてオシャレな行動をするんでしょうか。

最近では「合コン」なる便利なシステムが常態化して、あらかじめ用意された「その気」の男女が席を囲めば、納得した上で合理的に出会いが始まります。
その昔、繁華街に隣接する市内でも名のある公園あたりで、プライドを捨て、リスキーな「当たって砕けろ大作戦」で、掛ける言葉が「お茶飲まない?」なんてやってた時代もあるようですが、今の時代にそんなことやったら「ノド渇いてンのか!?」と一蹴されそうです。
小心者の私には無縁の遊びでしたが、夜の町に友達が何人か集まればそういうことが得意なヤツもいるわけで、知らない女性とお酒を呑んだことがないわけではありません。

その夜もナンパ上手な同級生のカンチャンと隣町の繁華街にいました。もォ20年以上も前のコトです。

「その靴、ドコで売ってるの?妹が誕生日なんだよ」
「えっと・・・」
「いくらくらい?」
「・・・7千円くらいだったかなぁ。。。」
「1万4千円かぁ。。。」
「え?」
「片方7千円でしょ?」
「いえいえ、両方で」
「ナンで両方買っちゃうの?キミはシンデレラでしょ?」

よくもまぁスラスラとデマカセが言えるモンだと常々感心していましたが、「キミ、重力大きいね。引き付けられちゃったよ」バージョンとか、「そのキラキラの髪はエメロンだね?」と決めつけちゃうシャンプーバージョンのほか、「あのォ・・・爪切り持ってますか?」を含め、数々のデタラメなキッカケについてくる人達もいました。
店に入れば、「オレたちは今は仮免中だけど、新幹線の運転手で、仙台の教習所に通ってるんだ。」と始めます。

「S字クランクと坂道発進はできるようになったんだけど、バックの車庫入れが難しくてサァ。。。」
「え?どうして?線路でしょ?」
カンチャン程度のインチキ話しでついてきちゃう女性は、新幹線の教習所もS字クランクも見事に受け入れ、食い付くどころか質問までしてきます。
「バックミラーが小さすぎて16輛ウシロまでよく見えないからイッつもブツかっちゃうんだよ。。。」
「へぇ・・・」

なんで納得できたのかもわかりませんし、一番後ろにも運転席がついているならバックの必要もないはずですが、「新幹線ほどのハイテクのカタマリにはナビがついているから迷わない」とか、「教習車輌はオートマじゃない」「サイドブレーキ引いたまま走って教官に怒られた」「クギ踏んでパンクした」「ハザードを出しっ放しで走ってたらウシロから来た新幹線が減速した」など、バカバカしい夜は更けていきます。
すっかりホットになった彼女たちを「送っていくよ」とクルマに乗せ、(飲酒運転は犯罪です)ラブホテル街を想像する間もなく、「はるさんとカンチャンですよね?私達高校の後輩で、担任は・・・」と、こちらの正体はバレバレであることが発覚します。
いつもなら「大人なんだから礼の仕方くらい知ってるよな!」というカンチャンも「皆まで言うな。。。」と制しつつ、「次の交差点を右でイイのかな?カッチッカッチ(ウインカーの音真似)」と、穏やかです。

私達は店に入る前に自己紹介することを学びました。            


Posted by Nori at 18:54Comments(0)ゆかいな仲間たち

2014年04月08日

もう恋なんてしない

初デート。
中学の時のアレがソォだったのか?
それとも高校3年生の時のがソレにあたるのか。。。

小学生の時に日本人離れした独特の印象を持つ同級生のノリコちゃんが大好きで、私の友人たちはそのことを誰でも知っていました。
「好きだ!」と言ったところでドォなるわけでもなく、さりとてノリコちゃんが他のオトコどもと楽しそうに話しているのを放っておけるウツワでもなく、ナニをどうしたかったのかもわからないウチに、ノリコちゃんは転校してしまい、私の純情は勝手に自爆してしまいました。
自分で仕掛けた地雷を踏んだだけにも関わらず、「もぉ恋なんてしない」と要らぬ誓いを立てた少年は、皆に平等に与えられた時間とともに何の努力もしないまま丸狩り中学生になると、入学式を終えた校庭にはノリコちゃんの姿がありました。
転校する前に仲の良かった女子達に囲まれ、少し背の伸びたノリコちゃんをその隙間からこっそり見ていました。
ノリコちゃんのカムバックはたちまち話題となり、ニヤニヤと悪い顔をした友人たちが、なんとか私とノリコちゃんの仲を取り持とうとお節介を焼きますが、思春期に突入した私と、私には必要以上の興味のないノリコちゃんの距離は微動だにしないまま時間は過ぎていきます。
私の中学校は、同じ地区内にあるふたつの小学校の卒業生が合併するカタチで新1年生となります。
同じ地区にあるとはいえ、学校が違うだけで流行モノも文化も違っているように感じました。
地域活動で顔を合わせたことがある人も、親戚同然の付き合いをしていた人もいましたが、第1小学校と第2小学校というだけで、やはり見えない壁は存在し、タカダカ12歳といえどもナワバリ意識のようなものは間違いなくありました。
それは今でも感じなくはありません。

やはり現在も尚、ずっと仲良くしている友達は同じ小学校の生徒だった人ばかりです。
違う幼稚園や保育園から集まって小学校1年生になった時には、もっと早く友達になれたような気がしますが、ちゃんとしゃべれるようになった中学1年生は、そういうワケにはいきませんでした。
そうは言ってもずっと小学校同志の壁をただ憂いていることもできず、授業内容によっては協力しなければできないこともありますし、部活によっては投げられた球を捕らないわけにもいきません。
愛国心という言葉があるのなら、愛組心みたいなものがギコチないまま2年生に上がると、先生方もそれを知ってか知らずか、クラス編成ではうまくできる他校同志の生徒を見事に並べて見えない壁を取り除くことに成功します。
まぁ、1年も経っているわけですからそこそこそれなりにナンでもカンでもケンカ腰というほどではありませんでしたが、一気にギクシャク感は無くなったように感じました。
他校との交流ができるようになると、目の前の美しいものに気づけるようになります。

他校には何の進展もなかったノリコちゃん以上の逸材がいることに気づきます。
お断りしておきますが、コレはあくまでも中学2年生の時の話しです。

決してワーキャーすることなく、少し影のあるヨーコちゃんはテニス部だったので、うっすら日焼けしていました。
笑う時にも歯を見せませんから、ノドチンコを見せて笑うオーキさんとは大違いでした。
今ならLINEでもメールでもコミュニケーション方法はたくさんありますし、同じクラスの同級生ならアドレスをゲットするのも難しそうではありません。
しかしその時代は、電話をするか、ラブレターを書くか、それとも当たって砕け散るか、そんなことくらいしか自分のキモチを伝える手段はありませんでした。
電話をすれば低い声のお父さんが出て、「ヨーコさんいますか?」と言えば、「ヨーコはキミに用はない」と言われてしまうし、ラブレターなんてその辺に捨てられて、誰かにうっかり拾われた時のコトを考えると怖くて書けませんでした。
砕け散るにはまだまだガラスのハートも成長中で、必要以上の衝撃に耐えられるかどうかもわからないとなると、やっぱり遠くから見ているか、気のナイふりして友達として近づくしかありません。
コレってストーカーが誕生する時の心境と同じでしょうか。
すっかり友達になって迎えた3年生のクラスも私とヨーコちゃんは一緒でした。

私の言動にヨーコちゃんへの思いを見抜いた友人が、みんなで映画に行こうと提案します。オトコ3人、オンナ3人。みんな仲良しです。
待ち合わせの私鉄の駅に時間通りに行くと、ヨーコちゃんは既に駅のホームにいました。
しかし待てど暮らせど他のメンバーは現れません。
「どーしよっか?」と切り出したのはヨーコちゃん。
「もォ少し待ってみようよ」と言う私に「行っちゃおうよ」と言ったのもヨーコちゃん。
ハメられたことにも気づかず、かといってハメる勇気もない私に考える時間もなく電車が到着します。
「乗っちゃお」と手を引っ張られ、どっちがオトコかもはやわかりませんが、誘われるままに4つ先の駅の映画館に到着しました。
映画は「グリズリー」という大きな熊の映画でした。巨大サメの2匹目のドジョウを狙った映画だったと思われますが、内容は全く覚えていません。

「♪もう恋なんてしないなんて 言わないよ 絶対♪」と、槇原敬之がヒット曲を作るよりも、もっとずっと前に目覚めてしまった少年は、その後「もう恋なんてしない」とまたしてもあっさり破局を迎えるのでした。           


Posted by Nori at 20:11Comments(0)ゆかいな仲間たち

2014年04月07日

ちっちゃな恋人

八ヶ岳の常宿で10年も前に知り合った親子がいます。
忘れた頃になると、ふと思い出していただくらしく、折に触れ連絡をくれます。
久しぶりの連絡は、ムスメさんが大学に進学したという嬉しい報告でした。

18歳?19歳?

いずれにしても10年前に知り合った頃は8歳か9歳だったとすれば、小学生だった子が、もう大学生です。

そりゃぁ、オジサンも歳を取るわけです。

私が地域の子ども達の育成活動に関わるようになったのは18年前。
当時6年生だった子ども達が30歳になっていると考えれば、もしかしたら家族なんかも増えちゃって、そろそろ私達の活動に彼らのジュニアたちが登場するのも時間の問題なのかも知れません。

すっかりモンスターペアレントになっちゃってて、私達の活動の敵対組織になっていないことを祈るばかりです。

10年前に八ヶ岳で出会ったアサカちゃんとは、私が酔っぱらったホテルのラウンジで正月に会いました。
目の大きな人なつっこいキレイな子で、私達はすぐに友達になることができました。
私が手品を見せると、すぐに見破ってしまうので、いくつもいくつも手品をやらされることになります。

こーゆーパターンは、エンドレスになってしまい、最後は「オレは魔法使いじゃない!」と開き直る最悪のケースとも言えます。

おしゃまな彼女は、お話も上手で、初対面の私をずいぶん楽しませてくれました。
ラウンジにはお母さん達の姿はありませんでしたが、「こんな山奥で迷子のはずはない」と遅い時間までベタベタしていましたが、さすがに子どもの時間も過ぎ、「いつまでいるの?」と聞けば「明日には帰る」んだそうです。
せっかく友達になれたのに残念だと、大人らしい会話をしてみますが、アサカちゃんも残念がってくれたのか、お母さん達に延泊交渉をしてみる決意を表明します。
新年早々の家族旅行が、1人の見知らぬオッサンとの出会いでどうこうなるはずもないのですが、「楽しかったよ」とお別れをします。

八ヶ岳の正月は、一面銀世界で散策できるホテルの敷地内のアチコチには、小動物らしき足跡を至る所で見つけることができます。
でもそれだけです。
思い切ってふもとに下りてみても営業しているお店はほとんどなく、スタッドレスを履いているとはいえ、何の目的もない雪道のドライブはまぶしいほどに真っ白な銀世界の美しい姿以外は、ただただリスクを増やすだけです。
部屋に戻り、ゴロゴロしながら本を読んだり、ホテルのスタッフをからかってみたりするのも限界があります。

家にいれば少しでも新年を感じることもできるのかも知れませんが、ホテル内が紅白の新年バージョンになるわけでもなく、いつも以上に静かな空間で時間が過ぎるのをひたすら待ちます。
夕食の準備が整ったとフロントから連絡をもらい、レストランからいつものラウンジへ直行すると、帰ったはずのアサカちゃんと再会します。
人影の多くない新年のホテルでは、希望さえすれば延泊は可能なんでしょうが、どんな家族旅行なのか、彼女はココにいます。
申し訳なさそうに現れたお母さんに、大人のタワゴトに振り回しちゃったんじゃないかと、こちらも恐縮していると、早速アサカちゃんの「今日の出来事」がスタートします。
アタマのいい子で、見るものすべてが彼女を楽しませるように感じてしまいます。
その次の日も延泊したんだったかなぁ。。。
私も自分の予定をずらした記憶があるので、何日間かそんな感じだったと思います。
それでも学校も会社もあるわけで、最後の日は訪れてしまうのですが、連絡先を交換して「また会いましょう」と八ヶ岳をアトにしました。
それぞれの町に帰ったアトも、アサカちゃんとはつながっていました。
横浜に住む彼女たちは、クルマで行っちゃえばスグじゃん!と、清水にも遊びに来てくれました。

最後に会ったのは3・4年前で、友達と一緒に清水に来てくれました。
その時も大きくなったなぁ。。。と、人んチの子どもの成長の早さに驚かされましたが、「大学に入学した」といただいたメールに添付されたアサカちゃんは、すっかりアサカさんになっていました。
海外の恵まれない子ども達の支援活動をしたいという高い志しを実現させるために、心理学科に進まれたようで、ご両親も誇らしいでしょう。
自分のムスメのようにといえば怒られそうですが、ちっちゃな恋人が知らない町で目標に向かって活躍する姿は私も嬉しいです。

次に会う時は、「結婚しました!」とかなんでしょうか。
なんだかちょっぴり淋しいオジサンです。  


Posted by Nori at 15:28Comments(2)ゆかいな仲間たち

2014年03月17日

明日の天気

すっかり陽が伸び、まだまだ春らしくない寒暖差に加え、体内時計も調子狂っちゃいます。
おかげさまで、いつ発症するかもしれない「花粉症」は、今年も発症する様子はなく、枕元のティッシュの消費量も例年通りです。
4月からは消費税と同時にタバコ代も値上がりするらしく、カラダにワルイ!アッチ行け!と言ってる割には値上げ幅もコソコソと微妙なようで、国民全員が禁煙されちゃぁ困るんでしょう。積極的なキャンペーンを見ても、まだまだ売る気です。
タバコ代金のおよそ半分が税金のようなので、多くの関係者達が「販売禁止」に踏み切らないのにも深い理由がありそうです。

その上、どういう理由かも説明されないまま可燃ゴミの収集日も変わるらしくて、長年にわたり積み重ねてきた私の生活リズムはメチャクチャです。

ナニかが変わる時って、勝手に変わっちゃうことなどあり得るはずもなく、誰かが話し合って決めているんだと思われますが、私ごときが意見を求められたこともなく、さりとて大衆の意見が吸い上げられた様子もないようで、どんな根拠に基づいて決定されるのかはいつも謎のままです。
JT日本たばこ産業の役員さん達は、カラダにワルイからとタバコを吸わないようですが、タバコを吸わない人に「吸っている人達」・・・、もっと言っちゃえば国内で冷遇される大事な顧客のキモチなんかわかるはずもないんでしょうし、消費税にしろ、ゴミ収集日にしろ、決めちゃえば従うしかないだろ!と言わんばかりのヤリ方に、民主主義ってナンだっけ?とワルイアタマを振ってみます。

これからあたたかくなる季節の変わり目に、グズグズと文句を言っているようでは健康ではないんでしょうが、「センパイ!精神的に病んでますよ!」と、サラリーマン時代の同僚が遊びにきてくれました。

私よりも10ほど若い彼は、私と同じ時期に退職したアト、取引先だった会社に声をかけられるものの、数年後、諸事情で会社が解散してしまうことになります。
若かった彼は、その容姿に似合わず真面目なオトコで、解散時に同僚だった方たちからの信頼を受け、みんなを引き連れ会社を設立します。
社長となったアトもオゴルこともなく、私達はツカズハナレズの交流を続け、ナニかある度に私を思い出してくれては仕事に結び付けてくれる頼れるオトコです。

ショボくれた私に「ハルさんらしくしてないと!」と、呑めないクセに「イッチョ行きますか!?」と誘ってくれました。
アルコールアレルギー?で呑めないはずの彼が「ナマふたつッ!」と始まれば、独身貴族の武勇伝も同時にスタートします。
お人好しで実直でバカがつくほど優しい彼は、独身ならではの苦悩を打ち明けます。
彼には意中のヒトがいるらしいのですが、「告白」する勇気もなく、それでいてストーカーまがいの女性に付きまとわられるも、そんなふうに思ってくれる女性にビシッと言えないナンとも青春真只中です。

バレンタインがどーの、ホワイトデーがどうのと私にとってはトオに忘れた感情を懐かしく聞いていると、「ハルさんならドォしますか?」と。
こっちは「そろそろ介護してくれるかどうか、相手の顔色を見ながら言葉を選んでつつましく生きてるっつーのに、好きだ嫌いだの色恋沙汰どころじゃないですよ・・・」と、気の向くままでイイじゃないですか?的な私の返答に「やっぱ、病んでますよ」と、私をどんな印象でとらえているのか、参考になるはずもないオッサンの意見を求め続けます。

私が彼と同じくらいの頃を思い出して、公のブログにわざわざ公表すれば、寝た子や、やっとの思いで気絶させた子を起こすようなモノですが、アレからたったの10年余りで、人間変われば変わるモンです。
案外おとなしく生きております。

呑めないはずの彼は、酒のチカラを借りてアリったけ吐き出せた!と、赤い顔をして私と逆方向の電車に乗り込んで行きました。
若き日の私に彼ほどの真面目さがあればもぉ少し違う人生だったのかなと、すっかり御馳走になってしまった長い夜でした。

明日の天気すら気にならないようでは、やはり青春ではないのかも知れません。  


Posted by Nori at 16:10Comments(0)ゆかいな仲間たち

2014年02月20日

セコムしてくれッ

いろんな意味で、私のブログには「セコムしてますか?」という言葉が度々登場しています。
言葉通り、警備会社に防犯対策をお願いする意味も含め、予期せぬ不幸から自身を守っていますか?的な使い方をしているのですが、今回は「セコムしてくれっ!」とのご依頼があり、関わってみることにしました。

弊社はデザイン会社で、警備会社でも電気工事会社でもありません。
「防犯ビデオ撮影中!」とか、「監視カメラ作動中!」とかいうシールや看板なら制作をさせていただくのですが・・・。

集合住宅のオーナーで、高校時代の大先輩から久しぶりに電話がありました。

皆さん可愛がってくれるとはいえ、「可愛がる」意味も奥深く、先輩からの連絡には少なからず緊張もします。

ヤな予感にビビリながら話しを聞いてみると、先輩が経営する集合住宅の駐車場で、無断駐車がアトを絶たず、その度に住人からヒドイ言葉でクレームが入り、ノイローゼになりそうだとのこと。

無断駐車をしている「犯人」は、どうやらその集合住宅の住人のお連れさまらしいのですが、住人もお連れさまも笑顔で挨拶を交わすことができる「シロートさん」ではないらしく、勇気を出して注意をするものの、「ウチじゃねぇよ、知らねぇよ」と、一蹴されてしまえば、それ以上のコトも言えず、長期間に渡りその繰り返しだとか。

当然、本来駐車することができる権利をもつ住人たちは、無断駐車をされている間、自身のクルマを置く場所がないワケで、例えその時間が1分だろうが3分だろうが、ストレスになるのはわかります。

それが長時間に及ぶとなれば、ガマンする必要のないことで無意味な時間が過ぎていき、住人同志が殴り合いの喧嘩をする必要もないとなれば、怒りの矛先はオーナーである先輩に向けられるのもムリもありません。
住人に対しても何ら対策を打たないオーナーでは、信頼関係も破たんしてしまうのでと、私に白刃の矢が立ちました。
第1段階としてシールや看板で抑止効果を狙う方法もあるはずなのですが、「はるちゃんさぁ、防犯カメラの設置もできるよなぁ?」とおっしゃるので、「そんなのヤッたことないッス、ソォゆぅのって電気屋じゃないッスか?」と正直に答えたところ、「予算もないし、録画ができるカメラをつけてくれりゃぁイイからヤッちゃいなよ」と意味不明です。
予算がある時には声もかけてくれないクセに、予算がない時に限って私を思い出すのは、多くの先輩達の悪いクセです。

この件に関しては、みんな集めて一度話し合わないとイケナイと常々思っております。

「じゃぁ、現場に1時半ね♥」

こちらの意見を無視して、話しがスムーズに進むのも先輩達の悪いクセです。

オフィスからクルマで5分ほどの現場に着くと、「おォー!ヤル気になってくれたか!ありがと、ありがと」と、来なけりゃストーカー並みに30秒置きに連絡するクセに、見事といえばホント見事な押し付けっぷりです。

「電気屋みたいにキレイに配線とかしなくてイインだから!」

それをマに受けてホントにそうやれば、「あのさぁ・・・そぉは言ったけどさぁ・・・」と言い出すに決まっています。
電気工事屋も防犯カメラ屋も心当たりはあります。
きっとなんとかなるんでしょう。  


Posted by Nori at 17:06Comments(0)ゆかいな仲間たち

2014年02月05日

素数なヒト

誰かの面影を例える時、山口百恵と桜田淳子を足して2で割ったような顔だち・・・などと言う場面がありますが、たいていの場合、誰でも知っているような有名人を足したり割ったりしちゃうので、アタマに思い浮かんだ答えの方がまぁまぁ勝ってしまい、実際にお会いした時に残念な気持ちになることもなくはありません。

芸能人の名前のわからない私にとっては、最近の芸能人で例えられてしまうと、足すものと足されるものの正体もわからず、イメージにはつながりません。

クリちゃんはジョンレノンに似てると度々言われる純日本人ですが、酔っぱらった8時過ぎには「死に損ないの鳥」と言った方がわかりやすいですし、私が似ていると言われる芸能人もドコがどう似ているのかさっぱりわからないその例え話は、イイ加減な主観によるものだったりします。
先輩に「スッゴイ美人を紹介するよ」と言われ、ノコノコ着いていったのに、「ドコ?」とキョロキョロしながら探していると、目の前の子だったりして、タデ食うムシもスキズキとはよく言ったものです。
大学生のコォダイくんにおいては、何人もの男性が絶対選ばない子を選んでくれるので、「爆弾処理班」と呼ばれていますし、美人もイケメンも確かな定義がない以上、「足して2で割る」信憑性が怪しいモンなのは言わずもがなです。

「はるちゃんテ、素数(そすう)だよね?」
「え?」

先日お邪魔した居酒屋で長年お世話になっている先輩からそう言われました。

「素数?」

中学生くらいで習った「素数」は、自分自身以外では割り切れない自然数。
確かそんなカンジです。
4は2で割れ切れちゃう、6は2でも3でも割れ切れちゃう・・・そういうことができない数字です。

「ドコにでもいますよ、似たようなのが・・・」
「いやいや、はるちゃんが2人いたら面倒臭いし、何よりややこしい」

褒め言葉なのか、そうでないのかわかりませんが、要するに特殊な存在だということを言いたいようです。

そもそも、個人たるものひとり足りとも同じ人は存在しないわけで、人に限らず生物である以上、みんな違うはず、だから血液型占いも星占いも成立しない、中学時代の修学旅行で行った京都にある三十三間堂の千手観音像群の中には自分に似た顔があるとバスガイドさんが教えてくれましたが、それは観音様をじっくりみてもらうための秘策で、世界に3人同じ顔が存在するという話しも確認するバカは居ないわけで、ドッペルゲンガー現象だって・・・

「ね、そんなに食い付いて熱弁振るっちゃうヤツってあんまり居ないってコト」

私のナニを知っているのか、見透かしたようにニヤつく先輩に、「オレ、だいたいなカンジだし、いい加減だし・・・」というと、「割り切れちゃ、カッコよくないじゃん、だから素数なヒト」とトックリから最後の一滴を絞り出しながらズズッと口へ運びます。

マスターがくれたサバのヘシコを噛みながら「イインだよ、素数で・・・」と、普段そんな話しなんかする人でもないのに、ドコで聞きかじってきたかその日はやけに哲学的でした。

「やぁ~んで(歩いて)帰るわ。」と背中を向けたまま手を振って暗闇に消えていく先輩は死ぬんでしょうか。
いやいや、「血圧のクスリをもらいに行ってきた」と生きる気マンマンだったから大丈夫です。

私のような青二才の心境を先回りして見事なタイミングで一緒にいてくれる先輩こそが「素数なヒト」なんじゃないかと、感謝しながらたまには生存確認してみます。  


Posted by Nori at 18:29Comments(0)ゆかいな仲間たち

2014年02月02日

結婚しました

カラちゃんが「結婚した」と、オクサマを紹介してくれました。
私より少し若いカラちゃんはキャバクラなんかに通いながら、淋しい日々を埋めていたようなので、このまま独身貴族を貫き通すのかと思いきや、オカネを注ぎ込んで養われた目の甲斐もあって、ステキは伴侶を見つけたようです。
私はネホリハホリ聞くことが上手にできませんので、ナレソメだとか、オクサマは何歳なのか、私の人生に影響のないことは一切聞いていませんが、お互い初婚のカップルの誕生に、まだまだ結婚していない美人はたくさんいるんだなと、今まで結婚しなかった理由もわからないままゲセワな妄想を膨らめます。

それにしても、20代半ばでワケもわからず結婚してしまった私のような軽薄さは微塵のカケラもないお二人は「入籍」を済ませただけで「式」の予定はないんだそうです。

そうする理由もわかりませんが、何でも合理的になった時代に、「結婚式」のカタチも変わり、ウチウチの極限られた身内だけで「お食事会」のような結婚式もあるようで、ウェディングドレスさえ着ないカタチも、財布の中身を見てみれば、できるだけ質素に、ナニが起こるかわからない未来に目を向けた判断を、若者たちもしているんだと聞きます。

私達の頃のようにセレモニーホールで見たこともない親戚や、会ったこともない会社の上司を集めて、呑めや歌えやの大騒ぎをすることが、疑うこともなくそうするモンだとやってきたことを振り返ってみれば、確かに絶対必要な儀式だったかどうかはよくわかりません。

ここのところ、結婚式という儀式に呼ばれたことがないので、お祝儀の相場なんかもよくわかりませんが、数万円をつつんで、味のわからない「お食事」をして、いらないおみやげをもらってくるのなら、私の住んでるカイワイでは相当な豪遊ができそうです。

世間では怪しげな人達が企画した「婚活パーティー」とか、規模の大きな「合コン」ナンカが行われていて、ウェディングプランナーとか、結婚プロデューサーという肩書きの人達と組んで、結婚式までたどりつかされちゃう仕組みもあるそうです。
そういうモノに参加をしたことがないので、参加者が結婚に至るまでのプロセスもよくわかりませんが、「婚活、婚活」と騒ぐ背景には、自力で伴侶を見つけられない人達が増えたってコトなんでしょうか。

フェイスブックなんかで「お友達」が数百人もいる人達ならカンタンに見つけられるような気がするんですが。。。
      


Posted by Nori at 19:22Comments(0)ゆかいな仲間たち

2014年02月01日

つながらない女

ケータイだろうがスマホだろうが、ドコでナニをしていようが、つながってしまう厄介な時代に、どうしてもつながらない人が1人だけいます。
電話の履歴は残るんでしょうから、私だろうが、誰かから電話がかかってきたことはわかっているはずですが、1回たりともリコールが来た試しはありません。
こちらとしても用事があるから電話をするし、履歴を見ればきっと「ナニ?」ってかかってくるんだろうと待ってるウチに数カ月が過ぎ、「そうだそうだ・・・」と思い出し、凝りもせずにまた電話をしてみますが、やっぱりつながることはありません。

3つ先輩のサナちゃんは生きています。
友人たちから目撃情報も入ってきます。
でも電話はつながりません。

昨年の10月頃、どれほどの偶然が重なったのか、奇跡的に電話がつながりました。
「履歴見てかけ直さない勇気ってドンなキモチだ!?」と、小言のひとつふたつもくれてやって、「ワルイワルイ」と謝るので、許してやりました。
その上で、長期に渡り温め続けてきた「お願いごと」をしてみました。
「わかったヨン!」と調子良く快諾してくれるものの、そっから先はいつも通りの「糸の切れた凧」になってしまうことは承知しているので、彼女のペースとスピードと運に任せ、放っておきます。
要するに大した「頼み」ではないってコトです。

サナちゃんがドコでナニをしていようが、私の人生にはナンの影響もないのですが、年に数回彼女を思い出すのは、サナちゃんにしかできないことがあるからです。

その内容は紹介できませんが、バツグンの腕前で見事に私のリクエストに応えてくれます。

それ故にサナちゃんを頼るわけですが、リクエストが実現した頃にはこちらの熱が冷めてることもないわけではなく、「じゃぁ、頼まなきゃイイじゃん!」てコトになるのですが、サナちゃんにしかできないとなると、やっぱり頼んでしまいます。

昨日、友人が久しぶりにオフィスを訪ねてくれました。
近くに用事があったついでに顔を出してくれたと言いますが、サナちゃんからの預かりモノだと、私が10月にサナちゃんに頼んでおいたものを届けてくれました。
そもそも「用意できたよ」とサナちゃんから連絡があれば、私が取りに行くのですが、友人まで巻き込んで宅配業者のように使うって、よっぽど会いたくないのか?と疑問も浮かびます。
しかし、サナちゃんチの近くに住む友人とはいえ、「はるちゃんと会うショ?そんトキ渡して♥」と頼みに来た時に久々に会ったと言い、友人もまたサナちゃんとはなかなか連絡が取れないんだと嘆くので、私が嫌われてるというわけでもなさそうです。

・・・にしても、ブツを受け取った以上、御礼のひとつも伝えたいと思い、「電話」ではなく、メールという便利な機能を使ってみました。
メールを使う方は経験があると思いますが、相手がアドレスを変更してしまえば、自分が送ったメールが届かなかったことを知らせるメールがスグに届きます。
サナちゃんに送ったメールは届きませんでした。
その旨を友人に伝え、「サナちゃんに会ったら御礼を言っておいて」とよくわからないお願いをしてみます。

しかし、ここまでつながれないとなると、ある意味「天然記念物」並みの稀少価値というか、生きているのは知っているけど、なかなか会えない(たぶん一生)「壇れい」並みの存在価値も見えてくるような錯覚に陥ります。

いやいや、そんなことはない!
たとえ、電報や手紙でこちらの意志を伝えることはできても、返事が来るとも思えないばかりか、そもそも読むかどうかもわかりません。
会いに行っても居ないとなると、いよいよGPSを直接本人に埋め込む必要がありそうです。        


Posted by Nori at 17:53Comments(0)ゆかいな仲間たち

2014年01月28日

新たな伝説現る

私が夜な夜な現れるカイワイには、「アッちゃん&マッちゃん」という2人のおばあさんの伝説が存在するらしく、先日訪れた「焼きトン屋」で伝説のひとりである「アッちゃん」との接触に成功しました。
その伝説事態を知らなかったので、成功したと言うよりは「もらい事故」のようなカタチで伝説に遭遇したと言った方がイイのかも知れません。
予約をしないと入れないほど繁昌しているその店で、予約もしないでフラッと入ってみたところ、運良くカウンター席のいくつかがあいていました。
私のお気に入りの席もあいていて、着ていたコートをハンガーに掛けてもらっていると、隣にいたおばあさんが私の椅子を引いて「いらっしゃい」と出迎えてくれました。

どんなにフレンドリーな店でも、他人の椅子を引いてくれると言うのはなかなか経験できることでもなく、戸惑いながらも「ありがとうございます」と、初めて会うおばあさんの横に座りました。
店とは顔見知りなのか、店主らと大きな声でしゃべっているところを見ると、少し酔っているように見えました。
オーダーしなくても出てきちゃうナマのジョッキに口をつけながら、串焼きを数本発注していると、おばあさん(アッちゃん)が自分の前にあった焼きたての串を「手をつけてないから食べな」と皿ごと私の方へよこします。
「いやいや大丈夫ですよ、ありがとうございます」と、普通のやり取りをしてみますが、「(私が発注した分は)すぐに焼けないから・・・」と、ナニがナンでも食えと引き下がりません。
知ってる人ならまだしも、知らない人からの理由なきご厚意を受け取ることなどできませんし、そもそも私はそういうことが好きではありません。
それでも押し売りに近いアッちゃんのキモチに観念した私はありがたくいただくことにしましたが、私が食べるまでは絶対に目を離さない強い決心が揺らぐことはなさそうなので、早速かぶりついてみると、「あんたはイイ人だ。こういうのを嫌がる人も世の中にはいるんだよ。」と満足そうです。
それを聞いて噴き出しそうになりますが、私が嫌がっていたことは見破れなかったようです。

気を良くしたのか、アッちゃんはその日の出来事を私に話してくれます。
いつもの喫茶店だか居酒屋で、5人の常連客にコーヒーをおごってやれとムスコさんに言ったところ、3100円だったのに、ムスコさんの財布の中には3000円しかなくて、足りない100円はムスコの嫁に払わせた、ガッハッハー!と、ドコが面白いのかわからない話しを繰り返します。

オチを知っている私は、先回りして「もしかしてコーヒーおごっちゃった?」とか、「足りない100円はお嫁さんに払わせりゃぁイイ」とか、予言者バリに突っ込んで話しの腰を折ってやりますが、さすが伝説のツワモノは少しずつ話しを変え、「そうじゃない!」と微妙にストーリーを変えてきます。

話し終え、また一杯焼酎を舐めると、「今日ね。」と、喫茶店だか居酒屋の話しをかなり新鮮に話し始めてしまうあの症状は、いずれ私にも訪れるのかと思うと、発症した段階で私の関係者の皆さんには「家にロープで縛り付けておくように」と今からお願いしておく必要がありそうです。

私が飽きてきたのを察したのか、アッちゃんはアトから入店したほかのお客さんに矛先を変え、どうやら「喫茶店だか居酒屋事件」を繰り返しているようです。
アッちゃんの話しは、さほどインパクトのあるエピソードでもありませんが、決して昨日でも一昨日の話しでもなく、その日に限定されているのには症状特有のナニかがあるんでしょうか。

今度は私の隣に座ったイケメンが「聞き役」を上手に担当してくれたところで、アッちゃんは「帰る」ことになりました。

店内に安堵の空気が流れ、隣のイケメンに「お疲れさま」と労うと、「あんなの楽勝ッスよ」と、熟練職人のようなことを言いますが、彼はもうひとりの伝説である「マッちゃん」の豪快エピソードを披露し、実は「アッちゃん&マッちゃん」はコンビで、アチコチの店で伝説を作っているんだと言います。

私の母ほどの年齢だと推測しますが、マッちゃんに至っては店の中でパンツを脱いじゃうんだそうです。

「露出狂?・・・」

私の周辺には私を含めアタマのおかしな人達がたくさんいますが、さすがに「露出狂」のレッテルを貼られている人は1人もいないので、ある意味会ってみたい人ではありますが、マッちゃんは、決して露出狂とかではなく、そこがトイレかドコなんだかの判断がうまくできない症状のようです。
それを知っているお店のスタッフやお客さまたちによって、マッちゃんがパンツを脱ぎ出すと、トイレに連れてってやるんだそうです。
酒の飲み過ぎでそうなるのか、それとも加齢による症状なのか。。。
伝説の「アッちゃん&マッちゃん」コンビに学ぶことは多そうです。

アッちゃんの呪縛から開放された店内は、ひっきりなしに入ってくるお客さまでいっぱいです。

ガラガラガラガラ・・・
店のドアが開き、「いらっしゃ~い!!」と威勢のイイ店長の声が響きます。

「また来たよ・・・」
アッちゃんが帰ってきました。

聞けば本日3回目のご入店のようです。

先ほどと同じ言動を繰り返しては、パワフルに帰ります。

アッちゃんはその後も同じ行動を繰り返し、1日の入店回数記録をさらに更新していました。  


Posted by Nori at 08:31Comments(0)ゆかいな仲間たち

2014年01月05日

トモダチのワッ!

ほぼ興味のない話題ながら、32年も続いた「笑っていいとも!」がこの3月に終了すると言うニュースは私の耳にも入ります。
32年前と言えば、私が高校を卒業した頃で、会社の食堂や、近くのラーメン屋さんのテレビはどこも「笑っていいとも!」を映し出していたように思います。
1時間の中にいろんなコーナーを詰め込み、昼間っからドタバタとやる番組は、当時としては珍しかったのかも知れません。
誠に残念ながら呑み会の場などでは、みんなに交じって「世界に広げよう!友達のワッ!」なんてこともやってしまっていました。

思い出せるコーナーはないものの、「明日も観てくれるかなっ!?」「いいとも~ッ!!」と締めくくられたら午後の仕事の開始の合図であったことは間違いありません。

3月末に終了するらしいのですが、明日がない最終放送時、タモリは番組の最後に何と言うのか気になり過ぎて「初夢」を見逃してしまいました。

先日、佐賀県出身で県内の優秀公立大学に通うコォダイくんと話していました。コォダイくんは、私達の若い頃のような熱さとヘンタイさを持ちつつ、イマドキの大学生らしく超合理的で、私から見ると冷めているように見える一面も持ち合わせています。
だから、せっせと仕送りをしてくれる佐賀のお父さんたちのところには正月帰省はしません。

「はるさん、見てくださいよ!」とスマホをタッチしながら画面上に大きく出てきたのは見事な「おせち料理」。

「ナニ?これ?」
「オレ、作ったんスよ!」
「マッジデェ~~~!」

久しぶりに「最上級マッジデ」が出ちゃいました。
きれいに並んだカマボコのサイズから想像するに、重箱はかなり大きめですが、クリキントンから昆布締まで、ぎっしり詰まった重箱は全部で4つ。出汁巻きタマゴや煮豆もたっぷり入っています。

赤い伊勢海老はさすがに入っていませんでしたが、デパートで買ってきた!と言われても疑う余地のないほどの立派な出来栄えに「コォダイくん一人暮らしだろ?」と聞くと、「正月3が日は一歩も出ずに3日間かけて食ってやりました」と。写真は実物とは関係ありません。

料理のできるオトコがモテはやされる一方で、そこそこできちゃうオトコが気持ち悪がられる傾向もあるとか。。。
「コォダイくんはそれを越えてキモチ悪いな。。。」というと、日常的にはほぼ料理をすることはないらしく、「ココぞ!」と言う時には料理人顔負けのパワーを注ぎ込み、凝りに懲りまくって作っちゃうんだそうです。

ある意味女性的とも言える一面は、掃除なんかでも発揮しち?そうで、「見損なってた。。。」と言う私に「見直してください。。。」と調子づきます。

クリスマスを一人で過ごすと言っていたコォダイくんなので、「クリスマス前にオレたち付き合っちゃえばよかったな」と言うと、モジモジとハニカみます。

「はにかむなぁ~っ!」

「お酒のツマミにでも」と、友人がいつも届けてくれる「洋風おせち料理」は絶品ですが、コォダイくんの「おせち」は食ってもいないのにウマそぉに見えます。

「いやぁ~立派立派ッ!」

ここのところ若者と話しをする機会も増え、いろんな子たちに会いますが、私の周辺の若者たちは、世間で言われているような冷めたカンジもなく、社交的で熱い若者が多いように感じます。土地柄と言うのもあるかも知れませんね。

コンビニでバイトをするコォダイくんに、以前も投稿させていただいたように「タバコを買う時、オレ未成年に見えないジャン。。。」と言うと、コォダイくんは私のような人間とトラブルになったことがあるらしく、レジの向こうから手を伸ばしてレジ横画面の認証ボタンを押す工夫をしてるんだそぉです。

しかし、お酒やタバコを買う人の中には年齢が微妙に見える若者も多く、コンビニの隅で売られている「成人向け雑誌」に至っては、免許証の提示を求めることが難しいのだそうです。
雑誌の場合は、タバコのようにバーコードリーダーに「成人向け雑誌!」と反応しないらしく、雑誌の表紙や、エッチなページが3ページ以上連続しているかを確認する作業も辛いのだそうです。
それまで静かに笑いながら話しを聞いていた今年成人式を迎えたユウヤくんも割り込んできて、居酒屋チェーン店に入る時は2~3人ではそういうことはないのに、10人以上になると、全員が一人ずつ免許証や保険証の確認をされるんだと面倒くさがっていました。

何でも知っている気で生きている50のオッさんにはまだまだ知らないことが多い中、若者たちもちゃんとルールに沿って頑張っていることがわかった日でした。

「はるさん、バイトのカネためて買ったバイク見てくれますか?免許も取ったんスよ!」

「見なくていい。。。」

どうやら超合理的なコォダイくんは250ccのバイクで、佐賀までの帰省を模索してると見ました。

話題の尽きない若者たちを頼もしく思います。  


Posted by Nori at 18:13Comments(0)ゆかいな仲間たち

2013年10月02日

出会い頭の損得

サンポさんチのムスメさんが自転車通学途中で事故にあったと第一報が入ったのは午前9時前。
詳細はまだわからず、私も動くことができない環境にあって、とりあえず警察への連絡を促し、気をもみながら保険屋でもある有能な車屋ケンチャンにヘルプを頼むと、5分で現場に行けると。
様々な事故を処理してきているケンチャンが現場に行ってくれるのであれば、私の心配のほとんどは解消されます。
1時間ほど経ってサンポさんから連絡が入り、生々しい事故の様子を聞けば、歩くことはできるものの、顔から落ちたムスメさんの前歯は折れ、顔は腫れ、落ちた衝撃で首や鎖骨にもダメージがあるとか。

「まぁ、生きてりゃイイ」

そんな言葉が慰めになるのかどうかはわかりませんが、サンポさんがただムスメのケガを心配するだけの親でないことはこれまでの付き合いで存じ上げております。

現場に到着した時には既にムスメさんは救急車で運ばれたアトで、当事者の30代に見える女性と警察官が現場検証をしていたと言います。
どうやら、一旦停止の義務付けられた側道と、幹線道路の合流地点での出合い頭の事故を避けようとしたムスメさんが、とっさにハンドルを切り、雨に濡れた路面ですべって転倒してしまったもので、接触はしていなかったようです。
ぶつかっていないことがポイントとなるらしく、当事者の女性は停止線の前で完全に止まっていたことを主張しているように見えたと言います。

関係者なのか、野次馬なのか「ぶつかっていないこと」を応援するヤカラまで出てくれば、ムスメさん側に非があるかもしれないと自分の立ち位置を正しくキープしていたようですが、現場でのやり取りを終え、病院でプチ整形に大失敗したような変わり果てたムスメさんから直接話しを聞けば、あまりにも食い違う話しにサンポさんらしいサンポさんが出てきちゃいます。
しかも関係者に見えたバァサンが、ただの近所のバァサンで、ムスメさんに浴びせたという罵声の数々にホンモノのサンポさんが立ち上がります。

それには5分で到着しちゃったケンチャンも同意していて、現場に向かう途中で「救急車を追いこしそうになっちゃったよ」と言うケンチャンまでもが、そのバァサンから「保険屋の到着が早過ぎる!アンタら怪しい!」とあらぬ疑いをかけられたことを挙げ、穏やかなケンチャンがブチ切れそうになったと連絡が入っていました。
「ヒトゴト」とはこういうことなのか、「まぁまぁ、電話でのやり取りもナンだから落ちついたらその時に」と、電話の向こうできっとジャブやストレートを繰り出しているであろうサンポさんの電話を切りました。

ほどなくしてケンチャンから「はるちゃ~ん、遊べるぅ~?」といつものアンポンタンな電話が入り、「ありがと、ありがと」と御礼を言うと、サンポさんとは面識があるものの、ムスメさんとは初対面だったケンチャンは、現場での自己紹介が恥ずかしかったとハニカみます。

夕方オフィスに現れたケンチャンは、保険屋らしくこちらの権利をアドバイスしてくれます。

医療費などの保障は当然のコトながら、打撲したカラダで通学ができないのであれば、サンポさんが送迎をしなければならないと一般人は思うのですが、それでサンポさんの仕事に影響が出るのであれば、完治するまでの期間、通学ばかりでなく通院にもタクシーが使えるコトや、バイトに行けないのであればそれも保障の対象になること、さらには急な事故で欠勤扱いになってしまったサンポさんの給与の保障もあるのだと言います。

壊れた自転車や洋服、ケータイなども写真に撮っておくようにと細かなアドバイスも加わりました。


死亡事故ではないので、よほど親切な保険会社でない限り、こちらが言い出さなければ、保険会社はできるだけ黙っているようです。
なるほど悪徳敏腕保険屋の言うことにはド素人の私達には気付けないアドバイスがたくさん詰まっています。
とりあえずできる限りの処置は済んだと言うサンポさんもオフィスに現われると、あまりにもパーフェクト過ぎる保障の主張に、「これってプロの被害者みたいに思われないか?」とサンポさんらしくなく戸惑いますが、「言わなきゃ保険会社が得するだけ」というケンチャンの言葉に、自分以外の人が得することだけは許せないサンポさんのウルトラソウルに火がつきます。

いわゆる「イレ知恵」により理論武装も完璧となったサンポさんの戦いは始まりました。

損だ得だと言う話ではなく、ナニかが足りなくて、どちらにも悪意がない以上、クルマの女性にとってもムスメさんにとっても痛みを伴う不運な事故ではありますが、加害者にも被害者にもならないように注意しないといけないなと改めて思ったエピソードでした。 


Lights on! before the dark!と、夕暮れ時の早めのヘッドライトオンをラジオも大声で繰り返し呼びかけています。     


Posted by Nori at 17:23Comments(0)ゆかいな仲間たち

2013年10月01日

モチツモタレツ

毎日酒席の話題もどうかと思いますが、ワコちゃんが65歳の誕生日を迎え、ご本人も嬉しい歳でもないのでしょうが、「祝いなさいよ」と、御呼びだしがあったので、日頃の御愛顧に感謝してシブシブといつもとは違う店に向かいました。
突然の呼び出しにプレゼントを考えてみますが、時間も時間なので、バラ生産者のクリチャンにご尽力いただくのも申し訳なく、私の首にリボンを巻いていくことを考えてもみましたが、その意味の説明が面倒臭そうなので、ワコちゃんお気に入りのノドにイイたばこ「ネオシーダー」でも買ってくかと市内の薬局に問い合わせてみますが、ドコも品切れで、聞いてみればかなり入手困難なものらしいことがわかりました。

オカネに困ってる人じゃないだけにプレゼントにも困りますが、他に思いつくものもナンとかなる時間でもなく、最後の1軒となった薬局に問い合わせると「ネオシーダー」発見。ありったけ譲ってもらい、愛想もなくバラバラとレジ袋に入れてもらい、愛しのアノ子を目指します。

店に着くとステファニー(74)もニコニコと鎮座ましましていて、3人揃えばいつもの仲良しクラブです。
今どき珍しいスナック風のその店で、ガラガラ声のママさんが「ハルチャン、なんか食べた?」と、仲間さえ聞いてくれない心配をしてくれて、柿の種やミックスナッツが大盛り出てくるのかと思っていると、こんなのでよければと半熟タマゴの乗った焼そばを作ってくれました。
かゆいところに手の届く気遣いはさすがにこの道一筋数十年のママならではです。

「あるものを食べて」と言うドコぞの居酒屋にも見習ってもらいたいモンです。
私も含めて、常連とは言い難い3人を行きずりのお客さま達もあたたかく迎えてくれて、頼んでもいないし、むしろやめて欲しいカラオケでお祝いしてくれました。
居酒屋ブームと言えば大袈裟でしょうが、私がデビューした頃には居酒屋よりもこんなお店の方が多かったんじゃないかと振り返りますが、現在キャバクラと呼ばれるようなお店に取って変わってしまい、このスタイルを守り続けるご苦労や、古き良き時代のなんたるを話していると、ケータイ電話然り、なんでも安く便利になったことが効率的と思えるようになってしまったことで人間の関係が薄れたとスイモアマイも知っているママは嘆きます。

カラオケを歌う順番をめぐって客同士が喧嘩をしたり、殺人事件に発展してしまったこともかつてはありましたが、その時代の方がよっぽど人間らしかったと言い、暗黙のルールもみんながちゃんと理解できていて、ルール違反者に対してはちゃんと教える役割の人達も存在していたと言われれば、確かにそうだとうなづけます。

今ではもっぱら居酒屋で十分満足できる私は、女性が介添え?してくれるお店にはほとんどいきませんが、「指名」をしなければ入れ代わり立ち代わり隣の女性がチェンジされ、自己紹介を繰り返しているウチにタイムアップとなってしまうお店が、たとえ明朗会計であろうが馴染みません。

今どき新聞各紙を読んでから出勤するなんてオンナの子もいないんでしょうが、ココのママさんは私たちを飽きさせないワザを修得しているので、やはり居心地はかなり良く感じます。

ビールに飽きたワコちゃんたちが焼酎にしようかなと言い出すと、「お茶割りでいい?」と言ったママが「よくかき混ぜてね」と言ってふたりの前に出した氷入りのグラスには緑茶のティーバッグが入っていました。
「味がおんなじなら安い方がいいでしょ?」「お茶よりお茶よ♥」とコストダウンもココまで来たかと、庶民の痛々しいほどの斬新過ぎる知恵をシンゾーチャンは知っているのかと、このティーバッグにも3%加算される日を憂いてみます。

お誕生日なんだから歌いなさいよ」と促してくれるママに、ワコちゃんは「聞かせられるようなシロモンじゃない」と言い、ステファニーは「ノドチンボに障害がある」と、ノドチンコを本名で言ってしまえば、他のお客さまがまた歌い出すからイラつきます。いやいや感謝です。

この元気な年寄りふたりを家まで届ける義務がある青年?は、タクシーをママさんに頼むと、店の奥から開店祝いのような大きな花カゴが出てきました。

「オメデト♥」

ママさんの粋な計らいに一同感動し、常連とは言い難い客への配慮も昔ながらです。

「これじゃぁ、ママが損しちゃう。。。」

困惑するワコちゃんにママが言いました。

「私も幸せな気持ちにさせてもらったもの」

タクシーを下りながらワコちゃんが「またイクからね」と、またひとつステキな人間関係が生まれました。  


Posted by Nori at 12:17Comments(0)ゆかいな仲間たち

2013年09月20日

大事件発生?

桜島が噴火したと思ったら、花火会場で露店が爆発炎上し、花火大会帰りの中学生が深夜に殺害され、あちこちで甚大な被害をもたらす竜巻きが発生する。

オリンピック開催と、ドコモからのアイフォーン発売に盛り上がっていた日本が、台風18号の猛威の前にズタズタにされたと、目まぐるしく降り注ぐ大事件にもかかわらず、日めくりカレンダーがめくられれば、昨日の大事件が嘘のように次の事件に塗り替えられ、自身の生活に無縁だとわかれば「秋晴れだ」と、雲ひとつない空を仰いでは、大きく息を吸い込みます。

「じぇじぇじぇ」「今でショ」「不祥事を起こしたとは思っていない」「10倍返しだ!」を抑え、「おもてなし」が流行語大賞筆頭候補に躍り出ましたが、これもどうなることやら移り気な秋の空のごとく風マカセです。

目が覚めれば忘れてしまう大事件が相次ぐ中、コーヒーを飲んだつもりが醤油を呑んでしまった時のような解読不能の衝撃的な事件が私に発生しました。

コトの重大さに気づき、息をのみ血の気が引くのと同時にオシリの穴が閉まってしまえば、もはや真空状態となった我が身は考える余地もなくケータイ(正確にはスマホですが、スマホと書くのがまだ恥ずかしい私です)に手を伸ばし、LINEの無料通話を使ってダイヤルしますが、「そうだ、そうだイヌ同志はそもそもタダだった。。。」と、通常通話に切り替えます。

「プププッ、プププッ」

確かに相手がソフトバンクである合図のあと、呼び出し音は鳴り続けますが、やがて留守番電話に変わってしまいます。

「やっべぇ〜!トンでもないことになった。。。」

こっちのミスにもかかわらず、何度も掛け続けるのもナニをしているのかわからない相手に対して失礼だし、事態が事態なだけに留守電にメッセージを残すのも軽率なカンジだし。。。

少し時間を置いて電話をかけ直そう。
いやいや、相手にかけさせるわけにはいかない。。。
オロオロしている間にも時間は過ぎ、「今日の終わり」にどんどん近づいていきます。
久々に長い5分を感じ、1時間にも感じる10分が過ぎ・・・。

「どーすっか。。。やっちまったなぁ。。。」

動悸・息切れ・めまい・立ちくらみ・なぜかピクピクと足もけいれんし・・・

これで耳血が出たら死ぬな。。。

30分が過ぎた頃、ケータイ(スマホ)が鳴りました。

ココはポーカーフェイスを装うべきか、いやかなり低めから謝罪をするべきか、はたまた空々しく違う話しから持っていき、「そォ言えば作戦」に出るべきか・・・
やはり「謝罪」を選び、人指し指で画面をタッチします。

「パパァ〜、電話クレタぁ〜?」
「いやぁ〜、申し訳なかった、忘れていないと言えば忘れてないんだけど、結果忘れてたってコトで・・・」

自分の声じゃないような高い声がフナッシー並みに出てしまい、早口になっているクチを押さえるも、つじつまの合わないことをベラベラとしゃべり、やっと落ちつき伝えたいことが言えました。

「誕生日おめでとう。ハタチだね」

ムスメ2号の誕生日は昨日。
昨日はブログも更新しているし、確実にその日は目で見たはずなのに、何で思い出せなかったんでしょう。
去年もちゃんとできたし、やはり今月誕生日で、忘れたらとんでもない事件に発展しそうなムスメ1号の時はうまくできたのに、一日遅れになってしまった失態に、「教えてあげればイヤミになるかと思って♥」と、ニヤつきながらワルイ顔をするママは、長年このスタイルを好んで実行する人です。

「忘れないッツーの!覚えてるッツーの!」
「忘れてたジャン。。。ヒッヒッヒ。。。」

「思い出してくれただけでイイよ。ありがとう」

優しいムスメ2号の一言に救われ、今夜はふたりでデートをすることになりました。
名月の下を歩いてみますか。  


Posted by Nori at 09:55Comments(0)ゆかいな仲間たち

2013年09月16日

ステキなオサソイ

小学生時代には、通信簿に必ず「根気がない」「協調性がない」と書かれていた私。。。

さすがに大人になって、やり切らなければ終わらない仕事もないわけではなく、「イヤになっちゃった」とか、「ヤッてらんねぇ」と投げ出すことは多少なりとも改善され、「根気強い」とは言えないまでも、仕事も含め、それなりに信頼関係に結びつくような「根気」は身についているのではないかと自己分析します。
考えてみればこのブログもよく続いているモンです。

2日ほど前に、久々にヒロミツが電話をくれました。
ヒロミツは高校時代の同級生で、当時は全国的にも有名なサッカープレーヤーでした。
サッカーで大学に進学し、その後は一日のほとんどをサッカーで過ごす実業団へ進みますが、午前中の封筒の宛名書きをこなすと、あとは企業のためにサッカーの練習に明け暮れることが仕事でした。
小学校時代からサッカーしかやってこなかったヒロミツは、字が書けない。。。とボヤいていましたが、Jリーグが発足し、宛名書きから逃れることができました。
ジュビロ磐田の「秘密兵器」と呼ばれ、ジェフユナイテッドに加入した「ゴッサン」や、フリューゲルスに加入した「ソリ」ら同級生と共に、私たちにとっては自慢のJリーガーとなりました。
Jリーグが始まり、日本中がいつものように熱狂し、入手困難だったチケットも彼らのおかげで割と入手でき、スタジアムでの観戦にもずいぶん行きました。
実業団時代には観客よりプレーヤーの方が多かったような試合を見てきた私にとって、Jリーグの開幕は夢のようでしたが、ネコも杓子も、阪神ファンも巨人ファンも入り乱れたようなサッカーが、興業のように見え始めると、自然とスタジアムから足は遠退き、盆暮れに帰省する彼らを待っては、テレビなどで見る彼らの活躍ぶりをネタに朝まで酒を酌み交わしていました。

「秘密兵器」だったヒロミツは、「秘密兵器」なので、なかなか試合には出ていませんでしたが、ハシラタニやダテなんかを連れて帰ってくれば、やっぱり夜な夜な町に繰り出し、とても公表できないイタズラをしていたこともあります。
コンサドーレに移籍し、キャプテンを務め引退後もJFLの監督などを経験している「ゴッサン」や、サラリーマンプレーヤーとして注目を浴び、引退後もUー23代表監督など歴任してきた「ソリ」のように、華やかなJリーグのオモテ舞台で活躍してきた彼らとは違い、ヒロミツは「秘密」のまま引退することになり、家業を継ぎながら子ども達とサッカーをしているようですが、ソコはさすがに有名人。

学校の役員を引き受けたり、地域活動にも熱心に参加している様子が漏れ聞こえてくれば、やはり嬉しい気持ちになります。

そんなヒロミツからの電話は、来年に予定されているらしい「同窓会」の参加者を募る協力依頼でした。
イヤァ、人も変われば変わるモンで、「詳細はファックスで・・・」なんて、字も書けなかったヒロミツがファックスしてくるなんて考えたこともありませんでしたが、メールじゃなくてファックスと言うところあたりは、らしいと言えばらしいのかも知れません。

挨拶文まで添えられちゃって、字を知らなきゃ変換だってできないはずなのに、漢字と平仮名がチャンと混ざった文章に感動すらした次第であります。

50歳という節目の年に・・・なんて、きっと誰かに教わった文章も上手くまとまっています。

が、しかーし!私の協調性のなさは未だ改善されておらず、大人数で呑むことが苦手な生きざまは、年々板についてきちゃっている私。

誘っておきながら、自分は行かない!選択肢も視野に入れつつ、いろんなシガラミやヨンドコロのない事情で去っていった仲間のウワサも聞いているので、やはり腰は重いままです。

変わり果てた我が身をさらす勇気もなく、愛しのミッチャンやイクちゃんに会ったら気絶するかもしれない不安を払拭し切れず(彼女たちが気絶するかもしれませんが)、ただただヒロミツが送ってきたファックスを行ったり来たり読み返しては「どーすっか。。。」と、悩みます。

あのヒロミツが頑張って書いたであろうことは想像がつきます。

皆様、お久しぶりです。お元気でしょうか?
お変わり・・・・変わったでしょうネ!!

敬語まで覚えた上に、ちょっとオモシロク書いちゃってる・・・。

う~ん、どぉするオレ!?      


Posted by Nori at 18:17Comments(0)ゆかいな仲間たち

2013年09月13日

ヒーフーミーヨー

お昼過ぎに納品から戻り、駐車場にクルマを入れていると、見覚えのあるオジさんがコチラを見てニコニコしていました。
この人はコメ屋のオジさんで、私が思うに、真顔が笑顔なので「葬式に出れないだろ」と思えるほど年中ニコニコしているように見えるオジさんです。

「こんちは、元気?」
「元気だけどサァー、タスケテェ~」

どうみても助けて欲しい顔には見えませんが、そう言っている以上、助けて欲しいんでしょう。

「ヤだね!ナンでオレが助けなきゃなんないんだ!ドけよ!じじぃっ!」と汚い言葉を使って一度でいいから怒った顔を見てみたいところですが、「どした?」と言うと、敬老の日のプレゼント用のコメを運ぶのを手伝って欲しいとのこと。
自治会長である父が発注したものらしく、我が家の倉庫へ運び込むらしいデス。

配付の際には、手分けをして配付するんでしょうから、「自治会館じゃなくていいのか?」と聞くと「ココって言われた」と、たぶんこのコメの1袋は自分チに届くであろうオジさんが笑っています。いや、答えました。

運んできた軽トラを覗き込むと、山と積まれた5キロの米。
「これ、全部?」
「ぜんぶ(笑)」
今更ながら、こんなにウチの町内は老人だらけなのかと思えるほどのコメの山は、129袋あるんだと言います。

「フェ~!1トンの半分以上ジャン!」
「コメはカラダにいい(笑)」


一気に下がったモチベーションですが、夕方になってもまだ運び続けているオジさんの姿を想像すれば、見殺しにするわけにはいきません。
涼しくなったとはいえ、まだまだちょっと動けば汗ばむ陽気に、その辺で倒れられていてもアトアジも悪そうなので、「嫌々手伝ってやるよ」と覚悟を決めました。
運び始めてすぐ汗は噴き出します。
私4袋、笑ってる人2袋のナンとも不公平なピストン輸送は繰り返えされ、ツルツルすべるビニール入りのコメをオジさんは何度も落としちゃうモンですから、私の方が運ぶ回数が必然的に増えてしまいます。

「コメ屋だろ!しっかりしろ!」
「コメ屋・・・長くヤリ過ぎた。。。(笑)(笑)(笑)」

思いがけず引き受けた作業は30分ほどで終了しました。

感謝のキモチを表現する際にはピッタリの笑顔で、「ありがとありがと」と言われれば、謎の笑顔にダマされているかも知れないと思いつつもイヤなカンジはしません。

オジさんはそのまま帰ろうとするので、「チョッチョッチョッチョ」「数えなくてもいいのか?」と、関わった以上1袋でも足りなきゃ、真っ先に疑われるであろう自分自身の自己防衛本能が働きます。

「だいじょうぶ、ちゃんとあるから(笑)」というオジさんを説き伏せ、「数えるくらい自分でやれよ」と言う私に従ったオジさんは歌うように数え始めました。

「ニッキヨッキムッキヤッキトー♪(2・4・6・8・10)」

ふたつずつ数えているのですが、私は「ニーシーローハートー♪」と覚えています。
さすがに私たちが覚えた数え方の方が最新バージョンなので、早く数えることができます。

一方、オジさんのはテンポを刻むように数えるので、ゆっくりゆっくり確実なのですが、時代のスピードには間違いなくついていけないスピードに見えます。
「イチニサンシ・・・」ではなく、「ヒーフーミーヨー・・・(1・2・3・4・・・)」と数えることに何の意味があったかもわかりませんが、それを選んできた時代の皆さんの「ニッキヨッキムッキ・・・」はコッケイに見えながら、なんだか懐かしいニオイを感じました。


オイワさんだって、イチマ~イ、ニマ~イと数えられるのに、ひーふーみ・・・

!!!

あのぉ、これって方言だったんでしょうか?
また眠れなくなりそうです。

高齢のコメ屋を助けました。
オジさんが帰ってから数時間が経っています。

いまだに御礼のコメが届きません。。。  


Posted by Nori at 09:39Comments(0)ゆかいな仲間たち