2015年01月12日

日本チン没

日本チン没全国的にほとんどの市町村で昨日「成人式」が執り行われたとのこと。
「成人式」をやらない「成人の日」なんて、「クリープを入れないコーヒーのようなもの」。
祝日が増えるのは結構なことですが、かなり大胆に無視される「成人の日」は何をする日ナンでしょう?
で、何十年も前に話題になった「クリープを入れないコーヒーなんて・・・」につながる名フレーズを思い出してみようと頑張ったのですが、私のその部分の記憶システムは欠落している模様で、どうしても「女性のいない世の中のようなもの・・・」から離れられません。

「気負わず、無理せず、ハミ出さず・・・」

日本チン没今年の新成人の意気込み・・・らしいデス。
文字だけ切り取って、その辺に置いておけば「うつ病」患者へのアドバイスのようにも読めなくもありませんが、日本を背負って社会へ飛び出す人達の「傾向」だと聞けば、ナンとも淋しい限りです。
この超内向き志向は、安定志向と読み解くこともできるのかも知れませんが、他社との差別化を図りながらシノギを削る企業にとっては、むしろ後ろ向き志向で足を引っ張るかもしれない「志」を持った若者たちの進出を、どう捉えたらいいか悩むところでしょう。
世は、ウソかホントか人手不足で若者たちにとっては久しぶりの就職氷河期脱出だとか。。。
日本チン没自分の価値も分からず「人手が必要なんですよね!」なんて態度で就職活動をしているんでしょうから、足元を見られて企業側も譲歩せざるを得ないのかも知れません。
「今晩、呑みに行くか?」と上司が誘えば、「それは残業ですか?」と答える若者たちがついさっきまでいたはずなのに、もしかしたらそれ以上の戦士たちが登場するのかも知れないと、この町で名のある社長さんも嘆いていました。

日本チン没かといって、「ありま~す!」なんてキラキラしたオメメで堂々と世界に向けて間違いを発表しちゃう勇気も、ツイッターで知り合った未成年のムスメを抱きしめちゃう学校の先生の相変わらずの無法ぶりも、ハミ出しちゃったといえばそうなのかも知れませんが、ココまで来ると、ある意味そういうバカげた「出る杭」は、決して誉められたことではないにしろ、人間ぽいと言えなくもないような気もします。

日本チン没「新人類」と呼ばれた私よりも少し若い世代が「無気力・無関心・無責任」の三無主義などと定義付けられ、直後には 「無感動・無作法」まで加わって五無主義とまで日本中が憂いたはずの時代から十数年が経過しているのに、「気負わず、無理せず、ハミ出さず」と、当人たちが言ってしまう現実をあっさり認めて報道したりしちゃうんですから、当時風に言えば社会全体が「シラケ」ていることを容認してしまったと言うこともできるのかも知れません。

日本チン没自身の成人式を思い起こせば、現在のような「自由参加」的な発想は全くなくて、「参加するもの」だったような気がします。
当時は清水市(現静岡市)全体の合同成人式でしたから、散々モメた他校の生徒との久しぶりの再会が前提で、多勢に無勢では母校のメンツもつぶれてしまう!と、頼まれもしない無駄な母校愛を引っさげて必然的に参加を決めていました。
そんな思いとは裏腹に、卒業してから二年も経っていれば、懐かしい顔ぶれに意外にも大人を困らせるような事態に発展することはありませんでしたし、就職組だった私にとっては、にっくきアイツも取引先だと分かれば、握るのはコブシではなくて相手の右手だったりします。
日本チン没思わぬカタチで和解が成立すれば、そもそも根拠などあったかすらわからない対立関係は即座に解消され、アイツはナントカ会社で総務にいるぞなどと、わずかばかりの人脈が芽吹く場面もありました。
もちろん、私達のような熱き思いがなくとも成人式っていうものには参加するモンだと言う風潮がしっかりとあったような気がします。
その夜は、気の知れた友人たちと胃袋の中身を何度もカラにしながら、記憶のナイ若気のいたりを楽しんだんでしょうが、記憶がない以上書き連ねるエピソードもありません。
日本チン没それでも動機はナンであれ、私ごときでさえ「成人式」という「儀式」には一定の存在感も感じていましたし、大人になるための登竜門という意味合いに、意義や価値を感じていたことは事実です。

いつからか、自由参加のスタイルの方が一般的になってしまえば、今年成人式を迎えるはずのアヤちゃんたちもあっさり「参加しない」を選んでしまいますが、後ろ髪を引かれる様子もなく、おじいちゃんたちを納得させるためだけの着物を着て、写真スタジオで「前撮り」と呼ばれる撮影をして終わりなんだそうです。

日本チン没昨年、「ナンとしても母校での成人式を!」という声に応えて、アレほどまでの苦労をして静岡市主催の「成人式」とは別に「地域(学区)開催」の成人式を実現したのに、新成人からの協力要請はあったものの、ご本人たち自身の熱意はそれほどでもなかったのか、オカネさえ払えば誰でも借りられるセレモニーホールでの開催となってしまったことも、ハミ出さない成人の意気込みと重なり合うのかも知れません。
スポーツ選手を筆頭に若者の大活躍が何かと取り上げられますが、それはごくごく一部の人達で、若者たちの意識においても「格差」は広がっているんでしょうか。。。

日本チン没オトコ目線でヒトコト言えば、リスクの大きな「ナンパ」より、より合理的でリスクを最小限に抑えられる「合コン」なんてものが男女の出会いの主流となっているのだとしたら、もはや本能自体が私たちのものとは違っているのかもしれません。
股にぶら下げた「ド根性」も、使わないなら邪魔なイボとナニが違うのか、今一度握り締めご一考いただきたいと考えます。
私の周辺にいる大学生をはじめとした若者たちは、まだまだとっても元気に見えますが、そんな「五無主義」のような風潮が根付いてしまえば、自然の猛威に押しつぶされるまでもなく、日本沈没の予感です。



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Posted by Nori at 19:20│Comments(0)独り言
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