2012年06月19日
ボンタンとセンセ

全力で青春してたころ、青春の意味もわからず、ただただ楽しいだけの日々。
ケータイもカラオケもないのにやりたいことだらけの高校時代でした。
ビデオなんてものさえなく、どうしても見たければ、早朝本屋の前にある鏡のような自販機に走るしかなかった時代です。ビデオと本屋がつながらない方は聞き流してください。

髪型から洋服のセンスまでナニひとつ大人たちからは支持されず、「ナンデそんな格好するんだ!?」と挙句の果てには人間性まで否定されていましたが、私たちは時代に沿ったブームやファッションを楽しんでいました。

だからと言ってはナンですが、今になって当時大変お世話になった生活指導担当の先生なんかと町や居酒屋で出くわすと、当時を振り返りながら並々ならぬ私の立派な成長ブリを誉めてくださいます。
先生たちもアノ血走り、ギラギラした元気は消え失せ、すっかり丸くなっているので、私も誉めてあげます。

友人たちが聞けば驚き、もしかしたら爆笑するかもしれませんが、当時の校長先生とは同じマンションに住んでいたこともあり、「草薙大龍勢」にもご招待させていただき、先生も毎年楽しみにしてくださっているようです。家族の近況にもお気遣いいただいておりまして恐縮です。
最近の先生と生徒の関係の中で「友達のような・・・」的なニュアンスの表現をされますが、私たちの頃の先生との関係とは少し違うように感じています。
オトナゲないほどの感情的なパンチも散々受けましたし、蹴り上げた先生の方が骨折するほどの真剣試合も経験しました。
名前を書いてしまえば皆さんが知っている全国的に有名な先生は、教室の中で生徒の机や椅子を窓が割れないように上手に投げる優れたテクニックを持っていましたし、体育館の2階付近から漂うタバコのニオイにも反応できる警察犬並みの嗅覚も持っていた上に、回し蹴りに至っては確実に私たちにダメージを与えるヒット率を誇っていました。
私立高校ではありませんので、これ以上は書けませんが、ナンダカンダ言って守ってくれたのも先生でした。
同世代の母校出身者が道を外れずにいられるのも先生方のあたたかい指導(当時はぜんぜんあったかさカンジなかったっス!)があったからなんだと思います。
尊敬する神様のような先輩から代々受け継がれる神聖なる「ボンタン」や「長ラン」が許されるはずもありませんが、選ばれし私たちは誇り高く着用していました。
生活検査の時だけは、体系が変わっちゃったの?と思うほど「入学直後の中学生」のようなフレッシュ

同級生のお父さんが経営する理髪店で、パーマをかけてもらおうとすると、「パーマは校則違反だろ!」と、アイパー(アイロンパーマ)を勧めてくれて、「これ以上はやりすぎだ!」と言いながら毛抜きでハエギワを整えてくれる地域のあたたかさもありました。
オキシドールで脱色するのも「髪によくないぞ」と教えてくれたのも同級生のお父さんでした。

大人たちが眉をひそめ、しつこいほど苦言を呈してくださったことを思い出しながら、すれ違う高校生の「シャツ出し腰パンルック」にちょっと噴き出してしまうのは「自分も年をとったんだなぁ」と自身を認める一瞬だったりします。
私たちの頃は「長ラン」「短ラン」「ボンタン」に「バギー」。その後は「ドカン」や「キンギョ」なんてズボンまで登場し、かなり個性的にそれぞれに主張していたように思いますが、今の高校生が全員同じに見えてしまうのも年のせいなんでしょうか。
AKBも少女時代も誰が誰だかわからない歳にとっくに突入しています。
「寝言は寝てから言えよ!少年っ!」
Posted by Nori at 09:22│Comments(0)
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