2012年10月01日

とらぬ狸の皮算用

とらぬ狸の皮算用私が過ごしてきた時代は、「教育ママ」なんていう言葉こそありましたが、現在ほど塾もなく、進学するための塾と言うよりは、予習・復習的なものだったり、落ちこぼれないために、自分の学力を補う要素が強いものだったのではないかと思います。

もちろん学年で常に上位の成績を確保することを目的とした塾もあったようですが、当然私には無縁の世界であるため、その世界を語ることなどできるはずもありません。


私の両親も含め、勉強なんて学校で教わるもの!と言う風潮もありましたし、実際、学校の先生も《補習授業》のようなカタにハマったものではなく、テストの成績を見て、学力不足を心配すれば放課後などに教えてくれていました。

とらぬ狸の皮算用たとえ、塾に通っていた友達がいたとしても、現在のように9時10時(もしかしたらそれ以上)までやっていた塾があったとは思えませんが、塾通いをしていた友達は大きなウチに住むホンのひとにぎりに限られていました。
それでもバカ過ぎた私を心配してくれた父の友人や、ウチのアパートを借りてくれていた有名大学を卒業した美人OLが、家賃を安くする代わりにと、家庭教師と言えばカッコもいいのですが、勉強を見てくれていたこともあります。

とらぬ狸の皮算用その時代はむしろ、習い事の方が盛んで、ピアノ教室やバレエ教室、習字、空手、そして珠算教室などが町のアチコチにありました。
私は放課後の部活にも所属していなかったために、サッカーに没頭していた弟たちが経験しなかった珠算教室に通わされていました。
通わされる背景には、現在もまだある珠算教室の先生が父と友人関係だったことや、近所だったことくらいしか思い当たりませんが、私が率先していく理由もなく、何らかの見えない大きな力によって通わされていたのだと今でも確信しています。

とらぬ狸の皮算用集中力も協調性もないと、いつでも通信簿に書かれていた私ですが、水が合ったのか、珠算教室だけはサボることも嫌いになることなく通い続け、中学生になり陸上部に所属したことで引退するまでの間に2級の実力も身につけていました。

高校でも授業の中に「珠算」がありましたが、ソロバンをはじける「ボンタンリーゼント野郎」は、難しい言葉を並べて質問される応用問題はムリでしたが、計算だけなら小数点のついた掛け算や割り算に至るまで、小学校時代の実力を発揮することができました。
ソロバンによる計算方法が今でも抜けず、買い物をしていてもアタマの中にソロバンの玉が自動的に思い浮かびますし、気がつけば右手の人さし指と親指をコチョコチョやりながらエアーソロバンで計算しています。

とらぬ狸の皮算用未だにアタマの中にあるソロバンが、私の人生のどれほどの部分を支え、役にたっているのかはわかりませんが、一度覚えた電話番号を忘れないとか、あげた100円は忘れても、貸した10円は忘れないとか、少なからず脳の細胞を活発に動かしていることは確かなようです。

これで人生の計算ができればありがたいのですが、そればかりはなかなか上手なソロバン勘定ができません。

私の人生はいつも《とらぬ狸の皮算用》。。。です。




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Posted by Nori at 09:53│Comments(0)独り言
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